蛇の怒り
蛙の楽園と蛇の楽園は完成し、亀は蛙にそのことを伝えて去っていった。蛙は蛇に楽園が完成したということも、そこへと至る道筋も伝えることをせずに楽園へと旅立っていってしまった。
蛇は来る日も来る日も鰐を鍛え続けた。
その度に鰐の皮はごわごわと固く、牙はするどく、顎は強靭になっていった。
寡黙な鰐は黙ってその訓練に耐えた。
これだけ過酷な訓練を繰り返されておしゃべりになる奴もあるまい。
「鰐よ。お前も大分強くなったんじゃないか?お前と俺の力を合わせればいかに蛙の奴らの方が数が多いと言ってもよもや敗北することはあるまい。」
鰐は黙って頭を下げた。
「しかし亀の奴は遅いな。いくら亀がのろいといってももういい加減完成してもいい頃じゃないか?最近ことあるごとに楽園の外に出て様子を見ているというのに一向に亀が姿を見せる気配もない。」
亀が来たころ蛇は鰐の訓練に夢中になっていて外には全く出ていなかった。
蛙王たちが楽園を出発して随分たってからようやく蛇は外の様子を気にするようになったので、いくら待っても亀など来るはずもなかった。
「…それどころか蛙の奴の姿すら見えない。…何か嫌な予感がするな。おい鰐。お前はこの部屋で少し待っていろ、俺は楽園の中を見回って蛙の野郎を探してくるからな。」
鰐は返事をするかわりに頭を深く下げた。
…いない。
蛙がどこにもいない。
展望台の上にも、泉にも、部屋にも楽園の外にもどこにも蛙はいなかった。
蛇はただ1つの部屋以外は楽園の中を全て探したが蛙を見つけることはできなかった。
蛇は自分の悪い予想が的中してしまったのではないかと身震いをさせる。
「いや、まだ探していないところがある…」
そう言って蛇は楽園の地下深くにある部屋の前にたった。
竜の部屋である。
蛇は唾をごくりと飲んでから部屋の扉を開けた。
そして中に入る。
すぐ目の前に竜が横たわってる姿が見えた。
最後に見たときと姿形はあまりかわらない。
しかしあの時よりもはるかに体力は弱まっているように見えた。
ほとんど光も差し込まない地下で衰弱してしまったのだろう。
「…蛙か?ようやく俺に会いにきてくれたのか?ずっと待っていたのだ。俺の可愛い子どもよ。さあ、こっちに来てよく顔をみせておくれ…」
長い間暗闇の中にいたせいで竜の目はかなり衰えてしまっていた。
かつてその目で大地の果てまで見渡すことができた時もあったというのに。
「おい親父悪いが俺は蛙じゃない。蛇だよ。ここに蛙は来ていないのか?」
「なんだ蛇か。蛙は来ない。ずっと待っているのに。「狭いけどちょっとの間ここで待っててね、なあにすぐに迎えにくるから」と言って俺をここにおいたきりそのままだ。それ以来蛙には会っていない。なあなんで蛙はここに来てくれないんだ…もしかしてあいつに何かあったんじゃないのか…」
ちくしょう!やられた!と蛇は心の中で毒づいた。
ここにもいないということは蛙は楽園から出て行ったんだ。
蛙が楽園を出て行く理由なんて1つしかない。
蛙の楽園が完成したんだ。
ということは蛇の楽園も完成しているはずだ、にもかかわらず亀は俺に楽園の完成を伝えにやって来ない。
きっと蛙はうまいことを言って亀を追い返したんだ。
ちくしょう!とっくに楽園は完成しているんだ。
しかし亀がいなけりゃ楽園の場所はわからない。
そして亀の居場所も蛇にはわからない。
…やられた、やられた。やられた!
「くそっ!」
蛇は竜の部屋から出て行こうとした。
それを竜が呼び止める。
「お、おい。待ってくれ。蛙を、蛙をここにつれてきてくれ。一度だけでも、一目だけでもいいから会いたいんだ。俺のことを何もかも称えてくれるあの子どもに。あの可愛い蛙に。なあ蛇よ、頼む。」
蛇は世にもつめたい表情でこう言った。
「心配しなくてもいつか必ず連れて来てやるよ…」
奴の八つ裂きにされた死骸をな、と蛇は心の中で付け加え部屋を出て行った。
竜はその蛇の言葉を信じ、後少しだけ耐えてみようと思った。