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初めに竜があった  作者: 最黒福三
竜の時代
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亀の楽園追放

3つの卵のうち1つは蛇が、2つは蛙が貰うことになった。一方亀は蛇、蛙、トカゲが生まれてきた卵の殻をいつか竜に食べさせようと思って誰もその存在を知らない地下迷宮に隠す。




 蛙と亀は展望台そばの泉へ竜を連れていく。

 水浴びをすると少しは竜は楽になったようだった。


「ふう。少しは気分が良くなったよ」


 蛇は蛙のわき腹をつつく。

 蛇の楽園も作ってくれと竜に頼めと言っているんだな、と蛙は察した。

 気は進まないけれど断ったら後が怖いので従うことにする。

 今はじっと耐えるんだ、反撃のチャンスはいつか絶対にくる…。


「パ、パパ。お願いごとがあるんだけど。」


「またか?俺はもう疲れた。ちょっとは休ませてくれないか」


「蛇兄さんの楽園も作ってほしいんだ。ここまでパパを運んでくるのを兄さんも手伝ってくれたじゃないか。ね、いいだろう?」


 心の中で蛙は「断れ!」と思った。

 自分の義務は「頼む」ことだけであった。竜が断ってくれるのならそれで全てが丸くおさまる、と考えていた。


「うーむ。確かにな。蛇はむかつく奴だが、一応さっき謝ったしな…。わかった。作ってやろう。ただし亀が戻ってきてからな。俺が作ってやってもいいんだが今疲れてるからな。大丈夫、亀でも時間をかければ俺のものと同じくらいすばらしい楽園を作ることが出来るだろうよ。」


 蛇も蛙も楽園はほとんど亀が1匹で作ったことを見抜いているのでそれについては特に何も言わない。

 結局こうして蛇の楽園も作ることを竜は了承した。その言葉を聞いて蛙は苦々しい顔に、蛇はにやついた顔になった。


「ありがとうよ、親父。作ってくれるっていうのなら貰ってやるぜ。それにしても亀の兄貴は遅いな。ちょっくら俺が出かけていって連れてきてやるさ。」


 そう言うと蛇は楽園を出て行った。

 もちろん卵を持っていくのを忘れずに。


「まったく、生意気なガキだ…」


 竜はそう呟くと水に浸かったまま眠ってしまった。

 蛙は蛇を叩きのめすためにはどうすればいいのかということを頭をフル回転させて考えていた。









 亀は地下迷宮のしかるべきところに卵の殻を隠し、元の荒野に戻ろうとしているところだった。

 蛇は亀がいないかあちこち探し回った末にようやく亀に会うことができた。


「兄貴、こんなとこにいたのか。探したぜ。」


「探していた、というのはこちらの台詞だ。一体みんなどこにいるんだ?」


「楽園さ。とにかく行こう、あんたがいなけりゃ始まらないんだ。」


「楽園?なんだそれは。この大地の上にそんな場所はあったかな…」


「いいから、はやく俺の背中に乗るんだ。ほらほらさあはやく。う、意外と重いな。しかしとにかく今は時間が惜しいんだ。飛ばすぜ、しっかりつかまっていろよ…」


 そう言うと蛇はすごい勢いで駆け出した。

 「ひゃああ」といいながら亀はそのすごいスピードでの移動に耐えた。

 亀は誰かの背中に乗るのは初めてだったのだ。


「こんなに景色がはやく移り変わってしまってはめまいがしそうだ。」


「大げさだなあ…」


「こんなに速く移動してなんになるというのだ。これでは気持ちのいい川や、珍しい形の谷や丘などをじっくりと眺めることができないではないか。やはり僕は地を張って大地の素晴らしさをかみ締めながら歩くのが性に合っている…。うん?ところで蛇、お前脇に一体何を抱えているんだ?」


「これか?これは卵だよ。」


「卵?い、一体誰の卵なんだ?」


「誰の、っていったら蛙の卵だけどね。生んだのは親父さ。」


「あ、あんなに弱っているお父さんにさらに卵を生ませたというのか!な、なんてことを…」


「生ませたのは俺じゃないぜ、蛙さ。俺はその内の1つを貰っただけさ。だから文句なら蛙にいってくれ。」


「その内の1つって…生ませたのは1つじゃないということか?」


「うん。親父は全部で3つ生んだよ。」


「み、3つ!?ひええ…」


「まあ、とにかく楽園にいけば色々なことがわかるさ…」


 そういうと蛇はさらに速度を速めた。









「さあ着いたぜ。ここが楽園だ。」


「ら、楽園って。ここは僕がお父さんのために山を切り開いて作ってあげた泉じゃないか。」


「うん?やっぱりここは兄貴が作ったんだな。まあそこに蛙が楽園っていう名前をつけたのよ。あんたは確かにここを作って、泉という名前をつけたかもしれない。でもその後であんたはここを親父にあげたな?その時点でこの泉は親父のものになった。そしてその上で蛙がここを楽園と名付けた。そして親父はここをその名前で気に入って、そう呼ぶことを認めた。だとすればやっぱりここは楽園と呼ぶのが正しいと思うぜ。ってそんな話はどうでもいいんだ。ここに親父がいるってことには変わりないんだからな。さあさあはやく…親父は展望台のそばの泉で休んでるぜ。」


 蛇は亀の背中をぐいぐい押した。

 亀は色々な考えが頭の中をぐるぐる回るのを感じた。

 確かにここは自分が作った場所だ。

 階段にも銅像にも回廊にも見覚えがある、というか作り上げたときと外見上は何も変わっていない。

 しかしそのありようは決定的に変わってしまったような気がした。

 その違いをうまく口で言うことはできないが、違うということだけは確かなように亀には思えた。

 だとすればここはもう自分が作った泉ではなく確かに楽園なのかもしれない。

 亀はそう思った。



 そんな亀のごちゃごちゃとした思考も、展望台そばの泉につかる竜の姿を見たら全て吹き飛んだ。

 竜は以前の面影などまったくないよぼよぼのしわがれた姿になっていたからである。

 悲鳴をあげて亀は泉にどぼんと飛び込んで竜に駆け寄った。

 その音で眠っていた竜は目を覚ます。

 眠っていたのを起こされた竜は少し機嫌が悪そうだった。


「亀か…。お前は一体今まで何をしていたんだ。」


「お父さんお父さん!なんという弱弱しい姿に…。こ、こうしてはいられない。す、すぐに僕の後についてきてください!僕はお父さんの力を回復させる術を知っているのです!」


 そういうと亀は竜の腕を引っ張って泉から引きずりだそうとした。

 これに竜はカチンときた。

 少し動くのも竜には面倒くさかったのだ。


「やめろ!俺はこの楽園を離れたくはないのだ!それに俺の力はまだまだ弱まっていないぞ!この俺をこれ以上侮辱するとぶん殴ってやるぞ!」


 竜はそう言って亀の手を払った。

 亀は竜の怒りにすっかりたじろいでしまった。


「し、しかし…。」


「まあまあ亀の兄さん。パパもこう言っているんだから。パパの力を回復させるどんな手段を兄さんが持っているかは知らないけれど、パパはここでこうして休んでいるのが一番いいんだって。それよりパパ、パパは亀の兄さんに何か命令したいことがあったんじゃなかったかな…?」


 と、蛙が竜と亀に近づきながら言った。


「か、蛙。貴様が弱ったお父さんに卵を無理やり生ませたんだな。許さんぞ…」


 亀は蛙に駆け寄って首を絞めた。

 蛙はぐえええと声をあげた。

 その光景を見て烈火のごとく怒ったのは竜であった。


「やめろ亀!俺の可愛い可愛い子どもである蛙になんてことをするんだ!お前は目障りだ!今すぐにこの竜の楽園から出て行け!そして二度と俺の前に姿を現すな!」


 亀は竜のその言葉を聞いて呆然となり、蛙から手を離した。

 蛙はげほげほ言いながらもまずいな、と思った。

 今亀が追放されてしまったら亀に楽園を作ってもらえなくなる。

 ここはなんとか取り成さなければ。


「駄目だよパパ。兄さんだって悪気があったわけじゃないんだ。そんなに怒ったら僕はいやだよ。ね、この通りだよパパ。兄さんをなんとか許してあげてよ。」


「蛙は優しい子なんだなあ。よしよし。そんなに言うなら亀のことを許してやろう。」


 ふう、と蛙は胸をなでおろした。


「で、パパ。亀兄さんに何か命令しなければいけないんじゃなかったっけ?」


「ん?んー。そういえばなんかあったような…なんだっけ。」


 蛙は竜の耳に口を寄せて「楽園」と呟く。


「おおそうだったそうだった。おい亀。お前蛙のために楽園を作ってやりなさい。俺が作るのを一度見ていたからお前も作り方はわかるよな?うん。」


 うんうんと頷いている蛙の背後にこっそりと近づいていた蛇が蛙の尻をぎゅうとつねる。

 「ぎゃっ」と声をあげそうになるが蛙はなんとか耐える。


「へ、蛇の兄さんのも。」


「ああ、そうだった。亀よ。蛇の楽園も作ってやりなさい。2つの楽園を作れば特別に許してやろう。おい俯いてどうした?俺の命令がちゃんと理解できたのか?」


 うなだれ、俯いていた亀は顔をあげた。

 そこにはいかなる表情も浮かんではいなかった。

 怒りも悲しみも喜びも、その表情からは読み取ることができなかった。

 ただそこにあるのは虚無であった。


「命令は理解いたしました。すぐに取り掛からせていただきます。」


「うむ。それでいい。それでいいんだ。よし、今後俺に会いたくなったらまずは蛙に取り次ぐといい。機嫌が良かったら会ってやらんこともないぞ。」


 亀は深く礼をして、それから顔をあげて竜の顔を見て言った。


「お父さん。一言いいですか?」


「なんだ?」


「蛙は遠ざけてください。奴を近くにおいておけば必ずや災いになります。蛙はお父さんのことを利用し、しつくした後できっとお父さんのことを捨てさってしまいます。僕はこんなことを蛙にとって変わろうとか、お父さんに愛してもらおうと思って言うのではありません。ただひたすらにお父さんのためにこんなことを言うのです。何かあれば僕を呼びつけてください。僕はどこからでも飛んでやってきます。大地のことなら僕は何でも知っていますから。ではさようなら。」


 竜の目は血走り、鼻の穴は極限まで開き、全身がぶるぶると震えていた。

 

「き…きさま。せっかく許してやったというのにもかかわらずまだそんな生意気な口を聞くのか!追放だ!貴様は永久に楽園を追放される!永遠に地べたを這いずり回っているがいい!」


 ぎゃーぎゃー叫ぶ竜に一礼してから亀はその場を離れていった。

 あちゃー、なんでわざわざ怒らせるようなことを言うかなと思いながらもなんとか蛙は竜をなだめた。

 蛇は亀の後を追いかけて話しかける。


「お、おい。楽園はどうなるんだ?俺の楽園は作ってくれるんだろうな兄貴。」


 亀は蛇と目も合わさずに言う。


「心配するな。蛙の楽園も蛇の楽園もちゃんと作ってやるさ。それはお父さんの最後の命令だからな。」


 その言葉を聞いて蛇はほっと息をつく。

 そしてさらに何事か考えるように腕を組んでからまた亀に話しかける。


「なあ、兄貴。行くところがないなら俺のところへこないか?悪いようにはしないぜ。まあ、つっても楽園そのものは兄貴に作ってもらうんだから「こないか」っていうのも変かもしれないけど。」


「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。僕はどちらにも肩入れするつもりはないからね。楽園を作ったら大人しくどこかへ去るよ。」


 そう言うと亀はもうついてくるな、と言うように手を振った。

 蛇は立ち止まる。

 楽園の出口の門はすぐそこであった。


「良い場所を見つけて、ある程度完成させたらこの楽園の近くまでやって来て知らせるよ。だからそれまでは蛇も蛙もこの楽園にいてくれよ。じゃあな。」


 亀はそう言い、門から楽園の外へと出て行った。



 亀が竜にあれだけ冷たくされたのにもかかわらず竜の命令を聞くような奴でよかった、と蛇は思った。

 同時に亀は馬鹿だなとも思った。

 世界一知恵があっても世界一馬鹿じゃ仕方ねえや、と何かのまとめのように感想をもらすと後は蛇はもう亀のことは考えなくなった。






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