四章-16
「示崎」
「なん、でしょう」
言葉は嗄れていた。
架火のように叫んだわけでも、涙したわけでもないのに、声の出し方を忘れていたかのように喉は言葉を放つことを嫌がった。
「今、どんな気持ちだ」
(それを、今聞くのは、反則じゃないだろうか)
以前した相談事から、十二は、僕にこんなことを尋ねるのだろう。
僕は後悔していたから。自信をなくし、己を疑惑の目で見て、選択に疑問を感じていたから。――言葉を欲しがったから。
子供のように、肯定が欲しくて、大人のように、先が見えなくて。不安がって前に進む勇気を勘違いしてしまいそうだった。
だから、それが清算されて、今本当に後悔して思えるのかどうか。
「お前は、生きている価値を見つけられたのか」
「……羨ましいわけじゃない。こんな人生は二度としたくない。もう懲り懲りですよ。――それでも、今ここにいて、よかったのだと、思えます。今に、この終幕に」
この手に触れた温度を、僕は生涯決して忘れられないだろう。色褪せない日々の笑顔はひまわりのようだった。太陽のように暖かくて大切な光。また咲かせたい。だが、それを理由に逃げるのはもう、止めた。
(進むよ、僕は)
「杏――と呼んでいいか?」
問いかけは新しい風の吹き始めだった。そして、僕らの新しい時を刻む切欠でもある。
「杏!」
ロキと逢った後に直ぐにジェミニを抜けてきたのだろう。額に汗を浮べながら糸闇が走って名を呼んだ。そしてもう一つ、見下ろす視線が暖かにある。
『俺たちは皆家族だ。ここから歴史が始まる。――自分達で伝説を紡いでいこう』
ロキがかつて言った言葉が一瞬、蘇り、消えた。
「よろこんで」
これからは、僕は――私は、私として生きる。
(ねえ晩、もう一度君に会いたいと願って始めたこのゲーム。楽しかったよ、切なかったよ、哀しかったよ、……やってよかったよ)
望んだ最後ではなくても、願いは叶った。一目でも君に会えて、君と話せた。君は確かにあの瞬間、生きていた。だから、だから、――僕はもう恐れない。
拒絶も絶望も哀しみも罪も、きちんと受け止める。すべてを清算しよう。
(そしてまたここからはじめるんだ)
「示崎 杏です。はじめまして」
記憶も思い出も、すべてが過去の残像に過ぎなくなった今でも。
記録としてしか思い出せない想いも、すべて、これからまた、作ればいい。何度でも。
(――私たちはやり直せるよ、きっと)
そのすぐ後に倒れたのはご愛嬌ということで。
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追奏
ただいま。こんにちわ。またね。おかえり。
それは世界を歪め皮肉り、正す――そんな話。壊れたものも治ったよ。初めましてから間違ったから、ただいまから始めましょう。子供らは巣立つ、世界から。