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Distorted  作者: ロースト
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四章-15


「俺が生きて、でもお前がいないんじゃ、意味ないだろ?俺がほしいのはあの頃だなんだ。そのためのジェミニだ。――そのためにジェミニを作ったんじゃねぇかッ!」

 捻じ曲がった僕に真正面からぶつかる晩の心。捻じ曲がった思考は晩の方なのに、どうしてこんなにも正しいと思ってしまうのだろう。訴えかける、世界の残酷さ。自らの思考への純粋な信仰。運命という無責任な未来への怒り。苛烈すぎる感情。

 揺さぶられる。最初から変わらない、ただ一つの願いが、晩の想いが、変わったはずの僕の心に傷を入れる。けれど、当時の僕は、僕らは何も知らないまま、ただ子供だった。

 僕は変わってしまった。犠牲を躊躇い、最初を曲げているのは僕だ。でも、一体どっちが正しいのか、一体何をどうすればいいのか、僕には解らない。

「どうしてだよ。俺も架火も静兄も杏も、一緒に生きたかった。ただ、それだけだろ……?」

「これ以上――失いたくないんだ……」

 みんなで笑ってられたらいいのに、なんてとてもじゃないが夢物語だ。それでも、それでもそんな夢物語を実現させる為のジェミニ(僕ら)だっただろう?


「そう、かよ……」

 拗ねたように言い、晩は、――諦めたように、笑った。


「……ッ」

 何で、とは言えなかった。

 聡い晩は、もしかしたら、最初から気づいていたのかもしれない。

 僕がジェミニのことを持ち出した時から、既にこのことを知っていたのかもしれない。

「ふはは……。ひでぇやつ!」

 本当に、心からの笑い。真底喜びに満ち溢れた、笑いで晩は自らの終わりを迎えた。


「晩……ッ」

 水彩画が滲むように、その体組織が光の輪郭をまとって拾遺との境目を曖昧にしてゆく。なんで、と問いたかった。手を伸ばした。けれど、晩はそれを掴むことはなかった。代わりに、質問が落ちてきた。

「なんで、俺がおまえをあの部屋に入れなかったと思う?」

 胸が詰まったような気がした。一気に鼓動が早まり、呼吸を不自然に感じる。

 予想外なんじゃない、ただ――答えを知りたくなかった。

「――そ、れは……僕が、晩を邪魔すると」

「違う違う。単に、会いたくなかっただけ。閉め出し」


「だってお前、俺が死んでからずっと暗いし、じめじめぐちぐち言われるの嫌だから」

「じめじめってそんな――ッ!」

 求めてやまなかった、再会。そんな理由で、と言いたくても言葉は出なかった。結局のところ拒絶されていたことに変わりはない。会いたくなかったと告げられている。


「一人だと危なっかしいし、捻くれてるし、……お前までこっちに来るとか、言いそうだったからさ」

 否定できない。双子だから、より近しい他人だから、心の奥底がわかってしまう。

「……ほんとはさ、俺が変えなきゃいけないと思ったんだよ」

 でもヴィオが変えてくれたんだな、と晩はこぼした。

「変わるチャンスだろ。今度は自分、大事にしろよな」

「俺は、お前に会えて、良かったんだぜ?全部がわかっちまうからな、世界はつまらなくてどうしようもなくて、生きる意味なんてなかったんだよ。死ぬ事なんて別に大したことじゃない」

「でもさ、お前らに会って、変わった。不運体質も幸福体質も俺には予測できない事をしでかして、全部が新しい発見でー―すげぇんだよ、お前」


「でもさ、覗き見るぐらい、いいよな」

 架火の元へ、連れて行けという、合図だろう。僕が降りた窓は開け放たれたままだ。

「静さん……っ!」

 顔を覗かせるように、名を呼んだ。けれど、その前に長い髪の少女が、駆け寄る。

 そこにいたのは世界の理を解いてしまった天才と机上の空論でも実用化にまで引き揚げることのできる天才であって、……互いを想い、愛し合う、ただの少年と少女だった。

「ばんんん――――ッ!」

 窓際に身を投げ出すように小さな体を縁から乗り出させる。

 その叫びは心からの、愛の叫びだ。名を呼ぶだけなのに、痛々しい。

 触れ合えない二人は、一生このままだ。こんな光景を、僕は見たくなかった。

 だから、ジェミニを考案したのだ。

 僕は、間違ってしまったのだと思う。

 思い違いをしていたのだ。世界の方程式を解いたとしても、僕らはその理の中に生きている。僕らがそれを曲げようとすれば必ずどこかに歪みができ、いずれは修正される。

「ごめん。それと、さよなら。僕の――片割れ」

 小さな背で精一杯両手を伸ばす彼女は瞳に溜めた涙が零れるのも気にしない。

 それまでその体を蝕んでいた歪みにも抵抗し、愛する者との再会に浸る。

 ――けれど、それは短い間だ。

 金の胞子は形を崩し、晩はその顔も、その手も、残さず消えた。

「あああああ――――――!あああああ――――――!あああああ――――――!」

 叫びは空を劈く。

 妹の体を掻き抱くことも出来ない兄は静かに感傷する。

 そして僕は、最後まで、空を見続けた。



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