四章-9
僕は四神の背に手をあて、順々に鍵を回す。
「――ッ!?なんだ、ここ……」
「始まりの場所」
ヴィオを連れてきたのは、一番初めに作られたジェミニの部屋だった。
神像の下の部屋に、現在は隠されたようにひっそり存在する。
“抜け道”となって語り継がれているのはこのように封鎖されたかつての道。僕らが通った管理側の道。子どもの遊びのように二人だけが知っていた秘密の道は今はもう、使われなくなった。
「そこは何もない空間だった。けれど一つが交ざればそれは溢れた。人――想像し考える生命。空間は空っぽでなくなり人の思うとおりに姿を変えた。けれどそこには何もなかった。人以外の何ものもないということで埋め尽くされた」
「……この世界のルールブック」
僕の語りにヴィオは気づいたように指摘した。
「そう、ここのことを指していた。立入禁止区域として閉鎖された、誰も知らない楽園」
ジェミニのルールブックに書かれた、世界の成り立ちはこの場所のことを指す。そして、四つの感情をそれぞれ司る四神が守護する部屋。
「ここに君を連れてくることが必要だったんだ――ヴィオ」
「……じゃあ扉は!?あれは何だってんだよっ!?」
「コア」
ここに来るまでに扉は必要なかった。だから、ここが終着点ではない。
なのに、僕が連れてきた場所はこの部屋だった。その不一致はなんなのか。扉の必要性は――
「既に此処は忘れ去られた過去。あれは新しく世界を動かす、その心臓。第二の場所」
以前の核は確かにここにあった。けれど、既にそれは移送を完了している。
残っているものはロキには必要のなかったもの。……けれど、僕がここを守ってきた意味はある。
ここにはそれだけの価値がある。
「ここはね、心象風景を表すんだ」
これ触って、と四角いだけの空間の壁にある突起物を触った。ヴィオも続いて触れる。
それはすぐさま無地の壁を変え、姿を現す。――心象風景だ。
「だから残されたのは希望じゃない。かつての楽園は、人がいなくなったことで壊れたんだ。寂れて、いつかの瓦礫ばかり、枯れ果て、悲しみに彩られた。絶望が座する、冠のない国」
「……これは、誰の心だ?」
「――まったく、変に鋭いよね」
「コレは君の心」
「扉の世界かぁ、僕と同じだ。――迷ってるから。いくつもの選択肢があることを知ってる」
扉を開けても変わらない風景。扉の先にはまた同じ部屋がある。辿り着くことはない。
それが生きることだと知っている。人は、生きる上で迷わないことはない。そう示すように、いつだって選択の先には選択がある。それにはいつも覚悟が必要で、それに一喜一憂する。
「仮初めの場所でさえも僕らは夢を見れない」
壊れてしまうとわかっているから、作りたくないのだ。立ち上がる気力さえ奪われそうだから、依存してしまいそうだから。
「でもね、人間は弱い生きものだよ。ただ一人で歩くことはできない。たった一人という孤独を愛することはできても、寄り添うことはできない」
だから僕らは取り戻すしかないんだ、僕らの大事な場所を。過去にしてはいけないんだ、僕らの居場所を。
「行こう。扉は既に開かれている」
君がここに来ることで得たもの。自分自身の心と対峙すること。
それが、扉を開くのに必要な、最後の覚悟。――オルトロリカの罰が開く。
「すべての子等は目覚め 夢は今に繋がり たゆたう現実は姿を変えて出会う 双子は家へ帰った」
「さ、開いて」
最後は笑顔で、押し開いた先を見せた。
「待てよ」
ハッと見渡す。
しかしそこには数分前と変わらず穏やかで制止した空気があった。とても殺気じみた声音の欠片は窺えなかった。しかしまもなくフォン――という電磁音が鳴り瞬きさえ長い時にデジタル化された身体が転送されてくる。ジェミニではよくある音と光景、しかしこの場ではあり得ないはずのものだった。ただのゲームでは入手不可能なワードを用いたこのエリアはそれと知る者以外には決して来ることのできない場所である。僕と、僕が教えた者以外には立ち入れない。――けれど、現実としてここにはプレイヤーが、
「なぜここにいる――ロードッ!」
かつて、ロキとともに僕らが作ったギルド・バジリスクのメンバーが、そこにいた。
「この間ぶりッスね、お二人とも」
激昂に対する返答としては落ち着き、的外れな言葉が皮肉に歪められた口から零された。つい先日会ったとは思えないほど、酷薄に、余裕の笑みを向けていた。
ホライズン・ギネス――境界線上の挑戦者。互いの生死の境目を楽しむような戦いから付けられた異名。