四章-8
見上げた空はあの日によく似ていて、そこに辿り着くためにすべてを犠牲にすると誓ったのを思い出す。遥か遠い存在でないと今でも感じ続けるから。双子の心はまだ繋がったまま。
(――晩は死んでいない。けれど)
雲間からの月明かりで姿が著わとなる。
ルッツの嘆きが耳に痛い。レティスの祈りが心を痛ませる。マチルダの怒りが胸を軋ませる。シェリーの喜びが見えてきた明日に突き刺さる。覚悟は決めた。もう、揺れない。
(僕は、誰かを犠牲にして得る明日なんて、欲しくない)
――この足で進む以外ない。時を刻むように足跡残して。
僕は今、どんな顔をしているだろう。僕で、いられているだろうか。必死で浮かべようと思った表情は思い出せなく固まった。不安を砕くように握り締めた手を不器用に捕まれた。それだけで力が抜けてしまう僕はやっぱり、情けない。一筋の淋しさが横切った。
好きな人に背を向け、ただ一人甘えられる兄の姿を探した。
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すべてが壊れてしまうかもしれない不安に押しつぶされそうで、でもこのままでいいはずもなく、期限は迫っていた。
「架火、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
帰ってきてねの約束に、僕は何の言葉も返すことなく、部屋を後にした。
無所属【神秘なる真実を 望み奪い戦いあう バオ・ラ・ディアス】古跡・ノーデータ。
こんなにも足掻き続ける僕を誰かは笑うだろうか。
こんなにも前を向かずにいる僕を世界は非難するだろうか。
捨てられず、背負い、強き意志もなき足取りは存在から迷惑だろうか。
手を伸ばし、その壮大なる壁を触る。冷たい感触は僕になんら返してはくれない。けれど、寄りかかることだけは許される。
(――正しいと思ってる)
それでも涙を流してしまうのは、どこかで間違っていると感じているからなのか。
僕は歪んでいる。たった一つの願いに世界を犠牲にして、それを僕は看過することもできないでいる。貫き通すことさえ迷う僕は、……贖罪さえ躊躇う僕はどれほどに罪な存在か。
(――壊れることなくあることを望むから、行動する)
願いは一つ。それさえ叶えられれば他はどうでもいい。最初は、それだけだった。けれど、僕は足掻き続ける人物を知っている。決して諦めることなく進む真っ直ぐな瞳を知っている。
崩壊した外壁から覗く、高い月を見上げる。その光はステンドガラスに反射し、弱々しく雨水に色をつけた。草はしなびている。小さな花でさえも生える事のない廃墟にただ扉だけは威厳を纏い佇む。
――四神の鍵は、すべてが刺さっていた。石像の下にある、隠し部屋だけが鍵が閉まっている。けれど、それももう、開くだろう。
(――後は、捻るだけ)
「世界のためでも命のためでもない。ただ、僕らが双子だから、この世界で一つとなるべきだから――だから僕はロキを、示崎晩を探す。この世界で、終止符を打つために」
“私”が放った無責任な言葉、“私”が語った夢物語。
それを二人は実現した。だから責任を取らなければならない。償われなければならない罪だ。
二つの世界に起こる事象に僕は関与していない。けれど、双子だから、わかってしまう。ましてや自分の言ったことを実現しようとしているんだから、その思考も言動も手に取るようにわかる。
「人なんて所詮、他に依存する生物だ。だから僕は悠木架火に寄生し。示崎晩に依存している」
僕が示崎晩でいるのは架火に対する代償行為。償いにして贖罪。
けれど、それだけじゃない。僕自身が、示崎晩でいたいと思っている。
「片方だけじゃ生きられなくて、だから、背負うことにした」
僕らは元から一つ。命が二つあっても本質は同じ、魂も一つ、存在自体が繋がっている。
「杏と晩は双子なんだよ。どれほど違っていても、存在する場所が違っていても、繋がっている」
それが、私の存在理由。僕の戦う理由。
「――それでも、僕はやらなきゃいけない。偽善が悪だとしても偽善は最悪よりマシだ」
間違っていても、やらなくちゃいけない。それだけは変わらない。
どんな思惑があったとしても、行動としては善である偽悪は、悪意の形を成していない。それは知らないものには優しいものでもあるのだ。
「君もそうなんだろ?ヴィオ」
かつてのプレイヤー“フォックス”を具現化した、記憶する狐“フォックス”に背を預け、その毛を梳かしながら、僕は背後へと尋ねた。
「ここ――」
「そう。【並々 そそがれる杯 涙の雫は告知 悲しみ 未だ癒えず】と鏡の向こうで繋がっている」
躊躇いがちに言いかけたヴィオの言葉を継ぐ。
あそこは“出口”だったからどこにも行けなかった。けれどこちらは違うワードから来た、同じエリアの“入口”側だ。