四章-7
理解者は理を解する者。
この世界がジェミニの定義に当てはまることを身から知っている。――創造者と同一存在である。破壊者の資格を持つとともに僕は“破壊される”危険性も持ち合わせる。攻撃を本物と認識しているからこそ、その一撃に体の組織が破壊され、構成が薄まり、死すらない消滅の可能性を秘める。
だから無傷。だから、“最前線ながら戦わない”。その場に存在するだけで揺らぐ存在。
けれど彼らは僕の前に現われる。
親と思うのか、救ってくれると認識されているのかは不明だ。もしくは晩の意識が伝播しているのかもしれない。彼らは例外なく僕の前に現れ、僕という存在を揺るがし、絶望に突き落とす。果てることのない夢を見せ続ける。僕の脳裏には恐怖がびっちりと刻まれていた。
「……今日はそれだけ、話したかっただけ、だから。じゃ――」
机に手を置き立ち上がる。そのまま歩みだした僕に、手が引き止めた。
「杏――ッ!」
くんっ――と腕が引っ張られる感覚に振返った先、僕の左手に重ねられた手があった。
(ダメだ。汚れてしまう)
反射的に思う。もう一方の手でそれを外そうと更に手を重ねるが、柏は許さなかった。穢れてしまうと思うのに、その両手に囚われて、僕から引き剥がせない。
(どうして?)
その瞳に視線を合わせて、肩が跳ねた。それは蛇が動き出した瞬間。瞳の熱さと緊張感に勝手に身体が硬直する。直後、手を強く引かれ前のめった僕に柏はその腕を僕にきつく巻き付ける。
間にある空間さえも厭わしいように、強く狭まる。すべてを奪い去るまで決して離れない捕食の力強さがそこに秘められているような気がして、知らず息を飲んだ。
首筋に息が触れる。熱く、切ない吐息が掠ったのを感じて急激に体温が上がった。触れた体温に戸惑う。けれどそれは心までが繋がったような熱に安堵して涙が出そうになる。
(勘違い、しそうだ……)
――心が折れそうなのだ。蜃気楼のように不確かな存在を夢見ることに疲れて諦めたくなっているのだとその時理解した。温もりにすべて預けてしまいたいと思うのと同時、虚勢を張っている彼にそれは酷なのだと気づく。
首の後ろで交差する瞳には今、何が映っているのだろう。
次に見た瞳の中には覚悟の炎が舞い上がっていた。
「――杏」
(……大切で、大切で、壊したくない。想うのを止めることもできない)
こんなにも脆く、壊れそうな糸闇を嫌いになれるはずがないのだ。
僕はこれからも何かを壊し続けるだろう。そんな僕が、何かを出来るとすれば、壊すこと。何かを望んでも、それは壊れることにしかならない。――だから今を、壊れてしまった世界を壊そう。
そうして世界が再生するのを待つ。自浄作用のように、それらは存在する。清い心を持つ者たちは進む。真っ直ぐに、絶対折れない。僕らは対極にある。その存在が、壊すものと壊されるもの。守ることができないものと守ることが出来るもの。
「泣いていいよ」
僕にはこうすることしか、できない。泣きたいのは僕も同じだ。
「悲しいなら悲しい、辛いなら辛いって言ってよ。弱音、聞くから。ちゃんと、受け止めるから。心配しないで、――僕は知ってるもの」
傍にいて、慰めること。それが僕にできる最大限。代わりでもなんでもいいから、支えてあげたい。僕よりも少し背が高いだけの彼を、他の人たちよりも幾分細い身体で多くのものを背負う彼を、押し付けてしまった責任と淡い恋心で、僕は想う。
「諦めないで」
僕も、柏も結局のところは同じ。突き詰めれば、一つでしかない望み。取り戻したいあの頃に想いを馳せる。心が張り裂けそうに痛い。それはジクジクと熱を発し続ける。
顔を両手でそっと、支えて視線を合わす。柏の瞳に僕自身が映り、自身に誓うように、思いを口に乗せて形にする。
「君が諦めたら、世界は世界に壊されてしまう。だから、僕が世界を壊すまで、諦めないで」
約束、と口に出せばすっと心の揺れが治まる。――覚悟が決まった。夢という欲望に世界を振り回してあがく。失くしていくことに気づいても、もう戻れなかった。愛を唇に残して印し刻みこんでほしいと願うのは傲慢な欲望。それでも君を繋ぎ止めたくて、突き刺す真実で傷つけないようにした。君に離れていかれないよう、精一杯の努力だった。そこからもう一度立ち上がって、と無理にせがむ。
「【神秘なる真実を 望み奪い戦いあう バオ・ラ・ディアス】――明日、君に見せたいものがある。そこで全部、話すから。これで、本当に全部、終わりだ。いつまででも待ってる、だから」
ヴィオが、行かなければならない。見なければならない、最後の扉へと、――僕は案内する。覚悟を決めたから。