四章-6
静さんに保護されて、住む場所と、食べ物と、学校という義務を与えられた。住所が変わったことから新しい学校になって、放課後になれば晩と架火の待つ家に帰った。週一回の通院では病院に迎えに行って、夜遅くに帰ってくる静さんの帰りを待って。……それはゆっくりとした時間だった。
ドクターストップがかかっていてジェミニを使えない架火は僕のいない時間、晩と一緒の御昼寝が大好きで。晩は晩で架火の面倒を見たり、ジェミニで遊んだり。架火に仕事がある時などは僕も晩もずっとジェミニ漬けで――時間を忘れてしまう三人だから、深夜に帰ってくる静さんに怒られるのもよくあった。
あの日、僕は学校が終わって。新しくできた友達と話した。夕食の買い物に行った。どっちが悪いのか、わからない。浮かれていたのか、それが悪いのか。――いつもより遅く帰った時には、ジェミニ中に呼吸困難に陥った晩。どうする事も出来ずに叫び、泣き続ける架火。静さんへと連絡したらしき携帯が床に落ちていた。
冷たくなる体に、動けなくなった。ただ、その時の架火の泣き顔が目に焼き付いて……架火の責める声が耳にこびりついて、――僕は動けなくなったのだ。後悔は尽きない。
「……ねえヴィオ。僕は、何か間違ってるかな?」
実行に移すだなんて思っても見なかった。そんな絵空事。そこまでの可能性を晩はジェミニに感じていたのかもしれないけれど、実際に意識が仮想に取り込まれるという現象は始まった。
情報が世界を型造る。だから情報による復活、死からの解放を望んだ。……到底、信じられなかった。でも信じるしかない現実がある。ゲームからの侵略、OVERの存在、MISSING――晩は感情に固執していた。だからこそ、必ず因子保持者がいるはずで、辿り着くための扉もモンスターも用意している。
はじめから望まなければよかったんだ。後悔しても、過ぎたことは何も戻らないと分かっている。それでも、変わらない。望むことを止めることさえ、出来ずにいる。
「――間違ってない。誰も、人のことを否定なんてできないんだよ」
フォックスが隣で小さく鼻を鳴らすのに、僕はその体を撫でた。暖かい。鼓動し、そこに生きている。
「自分のことを、信じろよ」
涙が、出る。強い言葉と眼差しに、涙が、出てしまう。最近の僕は、弱くなった。糸闇に再会して、僕は涙もろくなった。晩が死んだ時、泣けなかった代わりとでも言うように。
晩に関るこの一連の事件は僕を縛る。未だ終わらない、忘れてはならない、と言うように僕らを追い立てる。
「進めるのは糸闇、君だけだ」
戦いという人の宿命を負いながら世界の不平等を嘆く者。触れること叶わず恋人を失い、奇跡と空想の存在に祈る者。支え合って生きる在り方を正しいとしながらただ一人の肉親を奪われ怒る者。強き自身を恐れ、弱き世界を恐れ、己を超えた存在との出会いに喜ぶ者。
それぞれの感情に呼応してそれは現われる。――己を越え、打ち勝たなければ、やられる。
己というものを構成するすべてを食らわれ、自分という存在が死ぬ。それはある意味命より重い。――負ければ、逆に自分がMISSINGとなるという緊張感。傷は治らない。分子が消え肉体は保たれない。体の構成自体緩くなる。
「……おまえは?」
小さな問いかけに、少し、動揺した。
「――僕は僕の役目がある」
犠牲にしてきたすべてをこれに賭けた。
真実は偽りに塗れて、僕はそれでも嘘を吐き続け、見えないほどになってもすべてを隠した。永遠の傷となっても愛しいと思う。すべてを繋ぐために必要だと知っているから。
孤独を封じるために心を閉ざした。立ち入らせないために笑顔を向けて追求を避けた。許されないままでは何処にもいけない。忘れることが出来ないのなら、成長も出来ない。ただ停止する。世界が、僕の世界が、“杏”も“架火”も、停止する。僕らは、歯車が欠けている。
あの日、晩と糸闇が会って歯車が揃ったというのならば、今の僕らは晩が抜け、壊れてしまった。直す、そのために僕は今を立ち続ける。晩を取り戻す為、楽園を再び築き上げる為、命すら惜しまない。戦いを繰り返す。
「現実世界の進攻は僕にしか止められない。対処するのは他にもできるだろうけど、彼らを解放できるのは、理解者にしか、できないから」
(――本当は嫌だ)
戦いは恐い。他の、能力者なら、なんとでもなることでも僕は、僕を守れない。敵を諭すなんて、そんなことをしているほど余裕があるわけじゃない。それでも彼らの気持ちが痛いほどわかる。……晩を失い、僕は世界に嘆き、祈り、怒り、そして――喜びもした。
けれど、他者を諭すぐらいなら、僕は僕の願いを叫びたい。僕は僕を守りたい。