四章-5
ジェミニなんて提案したから、晩はそちらに逃げた。自らと戦うことを止め、架火は晩に力を注ぐのではなく彼の望みを叶えることに生きた。
「彼女を僕が壊したんだよ……」
ジェミニなんて理論を繰り出さなければ、悲劇は起きなかった。
「晩はね、……自慢の弟なんだよ。生れた時からそうあれ、と天才として生きてきた。期待に答え続けて、でも僕が再会した時には晩は殆ど“生きて”いなかったんだ」
どうして、って何度も思った。
架火と静さんが世界だった。そして、幼い記憶にあった僕の姿。――他人を寄せ付けない姿は鋭利に冷えて、怖くなるほどに子供らしさが欠けていた。
「その時には既に、世界に絶望していた。嘆いて、祈って、怒って……けれど最後には喜んでいた。世界の方程式は僕には解けなかった。彼らのような天才ではなかったからね、理論はわかっても理解まで着いていかなかった。けれど僕らは双子だったよ」
世界は水素と炭素から生れた、という科学の話ならば知っていた。学校に通うことは少なかったが、学力というのは社会を生きる上で必要になるからある程度は身につけていた。その中で覚えたことだった。水素と炭素が結合して星が生まれ、爆発は五大元素を生み、幾つもの原子も作って、空気も太陽もやがて地球を作った。そして人も動物の進化の過程で生れた。
「人は分子の塊だ。そして元素の塊。化学結合で結びつき、内部エネルギーの振動がある。電子によってそれらは繋がれている――そんなこと、高校の教科書にさえ書いてある。けど、それはどういうことか、本当に理解できる?」
理論的にはそれでオシマイなのだ。
ならば人は簡単に作れただろう。電子も原子も元素も、眼には見えずとも人は操作する方法を心得ている。そして、それを測ることも出来るのが機械だ。遺伝子だっていくらでもどうとでもなる。
けれど、現実には人は人を作ることが出来ない。人体を作ることは出来ても、クローンを作ることはできても、完全なる無から人は人を生みだすことが出来ない。
「分子や原子、電子……それらの中には情報が詰まってる。それをやり取りして世界は構成されている。だから、情報を操作することが出来れば――そんなこと、荒唐無稽すぎて信じられないでしょう?人は人を造れない。そして作ってもいけない。それがルールだよ。世界の道理だ。けれど、晩はそれを理論だけでなく理解した」
誰にも受け入れられるはずがなかった。そもそも、それを現代で試すことも出来なかった。
足りなかったのだ、現代の技術が。“世界”にはそれほど巨大な情報を統制できるものがない。
「――だからね、僕は言ったんだ」
『――ねえ晩。諦めちゃ、だめだよ。生きる事を、諦めちゃダメだよ』
『ゲームの中の世界なら、生きられるのに』
『ゲームの中で情報を溜めればいいじゃん。――ゲームの世界は夢の世界?』
『不可能も可能になるよ、きっと』
「――ゲームの中で、補えば良いって」
「……最初から」
すべては、たった一つに繋がる。
僕の言った言葉が狂気に走らせ、すべてに不幸を撒き散らした。
ジェミニというゲームそのものが伝達機器。すべて、晩の掌の上。舞台が傾いでいたことに、誰も気づかずにいた。晩は物語を進める駒に、ただ一度邂逅した何処にでも居るような、世界に退屈した少年を選んだ。螺子が巻かれ、柏は――歯車に組み込まれた。すべてが動き出す、その心臓部へ。
「最初から、そういう目的だった……」
「――そうか」
その一言から万感の想いが伝わって、吐息がつまった。重く、悲しい空気に、取り繕うような何かを発しようとして、何も言えずに口を閉じた。得意であるはずの嘘が何一つ出てこない。言葉がない。彼はどれほどに傷つき、どれほどに悲しんだことか。
親友だと思っていた人物に裏切られ、その責任を、と仲間たちから非難されて、屈辱と恐怖を味合わされた。そこから救ってくれた人物にさえ裏切られ、愛する者を失い、……仲間は離れた。
二年という短い時間でどれほど失い、どれほどの辛さを感じたのか。どれほど、望んだだろう。――夢であればいい、と。
失ったものを取り戻したい、と願い戦い続けるのは、どれほどに苦しいか。裏切られる辛さを知っていて、それでも人を信じ続ける。――彼はお人よしで、どこまでも甘い。
惹かれるものがあった。奥に強い思いを秘めていると感じとったのかもしれない。だから、誘った。そこに希望を見出した。――何とも、迷惑な話ではないか。
「……本当はあの時、僕が引き止められていれば、よかったのかもしれない。そうすれば、今も変わっていた」
学校になんて、行かなければよかった。