四章-4
「――自信がないんですよ。自分が信じられない……誰かに肯定してもらいたかったんです、ずっと」
「それでは意味がないだろう。誰かに背を押されてしか得られない自信は、自信ではない」
「そう、ですね……」
確かにそうだ。でも、
「でも、僕はうそつきなんです。私はうそつきなんです。……裏切りでしょうか、これは」
それが、一番言いたかった。誰かに肯定して欲しくて、誰かに否定して欲しくて、どうしようもたまらなくなった。抱えていることがどうにもできなくなった。
嘘をつき続けることができて、秘密を守り通す事が出来て、けれど僕にはどうしても自分という存在を定義してもらわなければいられなかった。そればかりは白黒と、つけてもらいたかった。
「それは、感じ方の問題だ。お前が罪悪感を抱いているからこそ、裏切ったと感じている。それは、本当は大切だったからじゃないのか?」
「――裏切りたくなくて、でも嘘をつかないとすべてが壊れてしまうから。だから、嘘をつき続けて、自分にも嘘をついて、嘘で塗り固めて、そんな“今”に、意味があるのか、と……」
「見失うな。お前が本当に守りたかったものは何だ。嘘をついて、裏切ってまで守りたかったそれに疑問を抱くな。価値など、それこそ人によって変わる」
「――ありがとうございます」
それだけを、振り絞った。
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月の仄かな明かりが入り込むばかりの暗い部屋の中。
喧騒から抜け出るように、ここへ引っ込んだ。冷たい机に顔を押し付け、手を伸ばし、――眼を瞑る。月が窓に映りこむが、それを見ることもなく頭を埋める。脱力。いや、へばっているのか。
何もかもに疲れた。わけもない疲れが身体を襲う。
嘘をつくこと。秘密にすること。戦うこと。能力を使うこと。どれも負担だ。だけど、一番気に掛かるのは、――疲れるのは、この、想い。想いが僕を振り回す。
――糸闇 糸闇。
ギルド・バジリスクのメンバーで、仲間で、友人で、クラスメイトで。そして、ロキと僕の犠牲者だ。ジェミニで色々なものを失い、それを取り戻そうと奮闘し続けている。
(それに、僕は、彼を――)
カタン、という小さな音に顔を上げる。部屋の中に光が入って闇に慣れていた眼が眩む。逆光は入ってきたその人物の顔を黒く、塗りつぶしていたが僕にはわかった。沈黙してすら、その雰囲気は見間違えるはずもない。光の柱は徐々に細まり、完全に扉は閉まった。
「糸闇?」
静寂のまま、足の進めるのがわかった。僕も座したまま、身を起こす。そして再び暗闇に慣れた瞳を向けて話しかける。
「ごめん今日は。無理に――」
その顔に、言葉が紡げなかった。真横に立った柏の顔――ぼんやり、僕を見るようでどこか違う視線。遠くを、虚空を見るような亡羊とした瞳。困ったような表情。悲しげな口元。今までに見たことのない、諦めたような雰囲気。――そこには僕のいなかった二年のすべてが詰っていた。
「ロキとジェネシスは同一人物。それにお前の弟も――“示崎晩”なんだろ?」
突然の質問は、けれどわかっていた。いつ問われるだろうと怯えていた。恐怖に塗りつぶされると、思っていたのに実際には僕は落ち着いている。頷く必要さえなかった、確信の疑問。
「以前にも話したよね。ジェミニの製作者」
正錯者。生策者。聖柵者――悠木架火。
「架火こそが制作者であり、創造主。そして示崎晩こそ想像主。僕が発案者、ってとこかな」
“扉”の向こう側に消えたロキのプレイヤーが示崎晩であり、その右腕であるフォックスが僕であること吐露する。
「ヴィオ、二年前の事件で君を襲うように唆したのは、架火だ」
晩は、架火の恋人だった。だから余計に責任を感じたのだろう。守れなかった命は、自分の玩具によって奪われた。――示崎杏を恨み、ヴィオを恨んだ。そして、仲間による暴行を教唆した。――そしてその記憶から逃げ、晩という虚像を“僕”に当てた。
息を呑む柏に僕は続ける。
「晩の命を救えなかったのは技術が足りなかったからだ。決して、金銭的な問題ではない。それならば未だ救いはあった。“悠木”ならば叶えられたことだ。けれど、足りなかったのは現代の力。そして時間だ」
もし、当時の彼女に“仲間”がいれば変わったのかもしれない。コーサーくんやサフさんがあの時いれば、晩はあるいは生きていた。けれど、架火がどうしてもその存在を欲しがったその時に彼らはいなかった。せめてもう少しの時間が、今にも晩が生きていたのなら救えたかも知れない。だが、――それを、僕が奪った。