四章 終幕の鐘、鳴り響き
四章 終幕の鐘、鳴り響き
「はっろ~ん、糸闇くん、示崎」
「は――」
「……いきなり、ですね」
放課後の突然の訪問に、柏は何も言えず、僕でさえも驚いた。
「驚かせようと思ったんだもの。当たり前でしょ」
いつものようにゲーセンまで、と四人で帰ろうとした時に起きた校門での騒ぎ。そこには美女と評されるような派手な人物が目立つためにあるような真紅のスポーツカーを乗りつけ、人を待っていた。そしてその姿を見つけた僕らはそれが誰なのか、直ぐにわかった。
「カルティエだよ」
寿々原たちには帰ってもらって僕と柏でカルティエッタの車に乗る現在。僕は柏に彼女のことを補足する。
「もちろん、糸闇のお隣さんなのも、バジリスクに入ったのも、偶然だけどね」
「パラドックスの日本支部を纏める存在ってことになるわね。もちろんそれは偶然ではないのだけれど」
柏のお隣さん、それにパラドックスの日本支部統括者でもある。現実的職業は中堅会社の理事。……その活動の殆どが夜であるために、柏には自堕落な人に思われていたらしいけれど。現在はジェミニを利用した仕事が多いのでジェミニ中毒と似ているが。
「――こうしていると、懐かしいわね」
呟き懐かしんだ中に、足りない人たちがいることに、そしてもう二度とそれは集まらないのだと思い知った。ピースの欠けたパズルは、一生完成しないままなのと一緒で、僕らも空っぽのまま。
「お久しぶりね、知らない顔もあるでしょうけど」
真紅の車で乗りつけた場所は、僕に今や馴染みと化した場所だった。柏はジンとともに来たのが初めて、今回が二回目だ。その場の主であるはずの彼女は集まる部下を前に、自己紹介から始める。
「ジェミニではカルティエッタ。スカーレット・グリーンで名が通ってるわ。こっちでもカルティエで通してるから、そう呼びなさい」
自己紹介でしょっぱなから命令口調のカルティエッタは次もまた要件から入るらしい。椅子に座ったと同時に僕を見る。
「さぁ、ちゃっちゃと詳細を話しなさい」
私も概要でしか知らないから、あなたの口から聞きたいの。そう微かに笑んでみせる彼女に、僕は「その前に」と付け足した。
「カルティエ、何故、何の情報も彼らに与えなかった?OVERの危険性は解っていたはず」
「与えていたわ。戦闘で負傷を負った者は現場を離れ、復帰しない。ジェミニの使用後一時的に記憶障害が起こることも彼らは事前に知っていた」
僕の質問に眼を合わせて答える彼女に嘘はない。何も隠すことがない。だが含んだものがない、とは言い切れなかった。
「私はね、何も知らせなかったんじゃないの。ただ、彼らがそれ以上の思考を止めただけ」
カルティエッタは推測を口に出すのは嫌いだと前置きして話す。
「MISSINGとの戦いではOVERとは比較にならないほどの危機的状況――意識喪失とかね、現実の身体が分解されるということも、予測はできても確証の無かった。事例がないのだもの」
彼女は続ける。強い視線は逆に僕が質問されているようだ。
「MISSINGは日本で、しかも四回しか起き得ない事象。ヴィオと、そしてあなたが動かなければそのままのはずだったものよ」
責めているのか、動かなければ良かったと。
けれど、そうでなければ被害は増え続け、拡大してゆく。倒すべき者がいなければ、暴れ続ける。
『だが、犠牲の上で得たものに何の意味がある?』
僕はルッツの言葉に答えるべきものを持たなかった。
「一つずつ、順番に扉は開けられなければ鍵の役割は果たせない。――あなたが隠してきた理由と同じよ。真実はすべてを明らかにすればいいというものでもない」
彼女はそう、締めくくった。
そう、物事には順序がある。事を急いても意味がない、だけならいざ知らず“おじゃん”となってしまっては引き返せない。
説明を、と重々しい口調で言われ場は十二に仕切られる。僕は軽く、溜息を吐いた。
「情報と情報がぶつかり合えば、量の多い方が現実たりえる。単なる質量の問題だ。しかし、同量であれば矛盾が生じ、ノイズが走る。この場合の“同量”は現実に成り立ちうる量の情報単位」
両方の否定。現実世界では不可に耐えきれない。だから、OVERに攻撃を受ければ人は影響を受ける。存在が稀薄になる。そして。
「――情報の潰し合いが起き、記憶が虫食いになる」
現在を象る過去を失う。そうと気づかぬ程少量ずつ。
「同時に肉体の損壊が起きる。世界を侵食し、精神の痛打ともなる。――復帰は不可能」
敵の攻撃を現実と認識しやすくなれば恐怖も増大する。記憶喪失になったあげく、戦えなくなる。肉体を残して精神だけを吸収された例もある。たった二年前に発見され、現在には世界各地に点在する支部。その割に人の入れ代わりが激しく、情報がろくに与えられない。――記憶の損失による弊害だ。ならば始めから知らなければいい、と何も与えないと結論されたのが真相だろう。