三章-18
『――ねえ晩。諦めちゃ、だめだよ。生きる事を、諦めちゃダメだよ』
『諦めることしかできないことだってある。それも真理の一つだ』
『ゲームの中の世界なら、生きられるのに』
『――仮初だよ、それは。ゲームは情報で出来てる。世界も、同じ様なもんだ。』
『それでも、生きられる。違う?ニセモノなんて人の主観でしかないもの。その人にとってはニセモノでも他の誰かにとってはホンモノかもしれないじゃない。ゲームでも命は造れるのに。人は造れるのに』
『……命だけは違う。現実世界には足りないものがある。影響力が、その媒体がない』
『それって具体的に何なの?静さんでも無理なことなの?』
『無理。少なくとも今は。……世界は情報で出来てる。でも、現実に仮想を持ち込むには情報量が足りない。演算能力も足りない』
『ゲームの中で情報を溜めればいいじゃん。いろんな人に協力してもらってさ!――ネットを使えば?パソコンをいくつも繋いだりさ』
ゲームの世界は夢の世界だろうか。希望すらも持てないのに何がゲームだ。でも、その中では、
『『不可能も可能になる』』
『……静兄に頼もうか。架火も製作に協力してくれるかな』
『もちろん。恋する乙女は強いよ。ふふ。二人がどこまでいってるんだか。キスはした?』
『キ――!?そ、そそそ。それより杏はどうなんだよ!静に――』
『何、言ってるの?馬鹿なこと言ってると布団に押し込んでしまいには窒息させるよ?』
『そ、それはヤダ』
シリアスな話から明るくいつも通りに。弱気でいる晩に強気に疑問を投げかけ、提案し、世界の構築を勧めた。戯言。子供同士のちょっとした会話。でも希望が乗っていた。願いを賭けていた。
『呼び出しといて、何で遅れてきてるのかな?それで?紹介したいのはそっちの子?』
『え、あ、俺?ヴィオっていいます?』
『ぶっ!こいつに敬語かよ!』
『初対面なら普通じゃない』
『なにが“普通”だよ、同い年だぜっ!?それに――』
『『うるさい』』
『……気が合いそうだね』
『互いに世話が焼ける友人を持ったものだな』
『まったくだよ』
四人だけの世界に、もう一人が加わった。杏と晩と架火と静。そしてヴィオ。
『ギルド、バジリスク誕生だなー』
『だなっ』
『ここが……自分たちの家かぁ。不思議な気分だね』
『ああ、俺たちは皆家族だ。ここから歴史が始まる。――俺達で伝説を紡いでいこう』
この世界の家。そこにあるのは絆。現実であったことはなくともヴィオは杏にとって大切な人だった。友人以上を感じるまでに大切な存在となった。
『ばっ……!?フォックス!』
『弱いのに前に立つなよ……ほんとバカじゃねぇの』
『それでも、自分は大好きだから、傷ついてほしくなかったんだよ?』
『早く二人して俺んとこくればいんだよー。ベタベタの甘甘に溶かして甘やかして可愛がってやるからさぁ』
『ロキは相変わらずエロいね、雰囲気からして』
『変態!』
『ありゃ?二人ともから拒否?』
『両手に花となれば俺だってやる気を出して――』
『俺は男だぞ……』
『願い下げだよ』
『誰かが“愛しのロキ様、頑張って”と応援してくれたら動くんだけどなー』
『よし、ここは皆で協力して敵を討ちましょうか』
『え、俺、無視?』
『違う違う、そっちが敵、倒すべき少女たちの敵』
『男の敵でもあるんじゃないっすかー?この容姿だし』
『まったくだね』
『目が怖ぇって……っ!』
「奪わないでよぉ……!大切な、思い出、なんだ、――から」
夜の世界に投影される、僕の記憶。光の粒子にかき消される、思い出。――それはフォックスの中に保存された僕の記憶。
フォックスというログで作った記憶のすべてがフォックスには移送されていた。僕自身が攻撃を受けた時のための保険。――だが、記憶は移せてもそこに宿る感情はコピーできない。
だからこそ、戦いをして記憶を奪われる可能性のある僕は感情を伴うすべての記憶をフォックスにすべて預けた。自身は情報としての記憶のみを詰め込んで、――まるで宝箱に仕舞い込むように、奪われないようにしていた。
それはけれど、不完全なバックアップだ。フォックスが傷つけば、僕の情報も蝕まれる。失った記憶は代用できても、感情の漏洩は、どうにも出来ない問題だった。
「しっかりするんだ!主はそれほど弱いかっ!?強いはずであろうっ!」
ジンの声がする。けれど、言葉は届かない。響かない。
闇夜に微かに光る光源が見せる幸せな過去。失われてゆく、僕という存在――。
「杏――ッ!」
強い声に、呼び名に、瞳を向けた。歪んだ視界一杯に柏がいる。
涙が、流れた。とめどなく溢れる。冷たい感触が頬を伝うのを止められない。失われた記憶に伴った感情が失われていくのが、わかった。
(……こんなにも悲しくて、胸が痛くてしかたないのに、その意味が分からない)
何故こんなにも苦しいのか、それが意味のないことに思える。確かに意味があったはずなのに、薄れていく。そのことが、また僕の心を軋ませる。――幸せが、なんの意味も持たないただの事象として心に上書きされてゆく。
「し、あん……」
冷たいコンクリートの地面が、冷たく鼓動しない身体に縋りついた時を思い出させた。
そしてそのまま気絶するように僕の意識は闇へと飲まれた。