三章-16
「強いからなんだという。我は強い。しかし同時に弱い。強いから、弱い者たちの思考が分からぬし、他者との集まりにより増える強さというものを持たない。それは言ってしまえば弱いことだ」
敗者に勝てない僕を、人は“弱者”と呼ぶだろう。それでも僕は力に頼らない。僕が頼るのは強くて弱い、人間というもの。独りでは弱くても、決して敗者じゃない。
強さは力じゃない。もっと尊く気高い、壊れやすい。信頼という約束、望みを捨てない想い。
勝ちたいわけじゃない。だから力はいらない。負けたくないけど、心を重ねるから、独りでいたいわけじゃないから人は寄り添って生きる。だから人は強い。
「……喜びの柱は、強い。誰もがその前に倒れざるを得ないほど」
けれど、それは孤独の象徴で、シェリーは隣に立つ人物を欲しがった。自分が負けることを、他者に蹂躙される恐怖を知って強さを手に入れた彼女は、けれど望んだのは自分に屈する者でなく、自分を守ってくれる強さを持った者の存在だった。――彼女は、少女だったのだ。
一人で生きていけるほどの強さはなく、庇護してくれる存在を、愛してくれる存在を渇望していた。ジンも同じだ。
「噎び泣くほどに、その存在は嬉しいんだね――」
ザメロの涙にそう、感想を覚える。
シェリーは悲しいことに、長い間。自分が何を欲しているのか、気づかなかった。分からないまま突き進んで、突き抜けてしまった。だから、心からの喜びは戦闘の一瞬ばかりで、だからこそ自らの負けに喜んだのだ。
(これで、四神の真実が晒された)
彼らが眼覚めたら一番に教えてあげよう。ルッツが絶望することはないと。レティスが愛を祈る者は帰ってきたと。マチルダが感じる理不尽はなくなったと。シェリーはもう一人じゃないのだと。
穏やかな気持ちで、僕は終わりを見る。戦闘から少し離れた場所。ジンには僕の助けは不必要。
だから、それに対応するのに一拍遅れた。普段ならないような、油断。
臓腑を引き裂かんとする巨腕が一閃した。その猛禽類のような瞳に補足されたのは、志浩。
「――ッそれに触れるな――!」
警告を出す。だが、僕と志浩との間には決定的な距離が横たわっていた。運命という名の竜が身を起こし彼女を飲み込もうとしていたのかもしれない。けれど僕は、その口が開かれた間に割り込む。
「ッ」
(――間に合わないッ!)
圧倒的な時間不足に僕は眼を瞑り、能力を呼び出す。
「フォックス――!」
黄金の毛並みをした獣がそこに出現した。
ジェミニの中にしか生きない生物。本物でなく、情報の塊。しかしそれは生物だ。生きている。傷を負うこともある。志浩をその背に乗せ、MISSINGからの凶撃を飛んで躱すその背に攻撃が掠る。
「いやぁああああああああ!」
途端にフラッシュバックし始める記憶。
「わた、わたしの……記憶が――ああッ!」
「ちっ――」
混乱の中、ジンが刀を振るいOVERを一撃に臥した。グラフィックが水泡のように淡く、薄れて頭上に上る様は美しい。しかし、その中にはフォックスから掠め取った記憶が含まれている。消え去るのは僕。フォックスの掠った部分が僕自身に投影される。だから、その傷の部分へ向けて僕は刃を突き立て――
「何やってるんだッ!」
ヴィオが邪魔をする。振り下ろそうとした腕が、それ以上の行動を阻害されている。
「き、傷を――塗りつぶさなきゃ……ッ!傷を――」
(じゃないと、無くなってしまう。失ってしまうッ!)
広がる傷は情報を腐食させる。原子単位でその部分に宿った記憶の欠片が、壊される。情報体である人間の体はジェミニの化け物に改竄されるのだ。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ……!僕は、僕は――ッ!」
覆うしかなかった。
(――こんな世界を拒絶したい)