三章-12
「示崎……ッ!頼む、勉強教えてくれ!」
「え、無理だよ?」
時は放課後。いつも通りの代わり映えのない学校で、ホームルームで告げられた定期試験という言葉を起因に発せられた言葉。そんなに勢い込んで頼まれても否定しかでなかった。
「僕、勉強は得意じゃないからね。留学していろいろ忘れたよ」
「……今回は俺もギリギリだしなぁ。来住に教えてる暇はないな」
逆に示崎を頼っていた、と寿々原にまで言われる。勉強が出来るメンバーというのが少ないようだ。そういえば、と僕は柏を見た。
「糸闇って勉強が出来るんじゃなかったっけ?」
「――出来ていたら、ここには居なかったな」
(……地雷、踏んだかな)
確か、中学はエスカレータ式の進学校に通っていたはずだ。それが今、ここにいるという事は、確かにそうなんだろうけれど、そこに在るのは受験失敗という事実であって、実力ではない。柏の頭の良さは教師だって目を見張るものだ。本人にやる気はないようだが、この学校ならば学年主席だって余裕だ。そのやる気のなさは勉強が嫌い、というわけではなく、ジェミニに集中したいからだ。
「じゃあ、勉強会しよう!みんなで教えあえるじゃんっ」
いい提案、とばかりに来住は笑顔満面に計画を進める。互いの意見も聞かないまま決定事項となる。果たして教えあうほどに学力は緊密なのだろうか。
「お前が教わりたいだけだろ。場所もないし」
「僕は一人暮らしだけど……そんなに広くないよ?」
狭さの問題はあるが、とりあえずの場所確保は出来るだろう。提案自体が嫌な訳ではない。
「ダメだ!……俺の所に、しよう」
「柏も一人暮らしか?」
「まぁな、殆ど勘当されたと同然だが」
勉強だけの毎日、他人を見下す同級生たち。そんな世界が嫌になっていた時にロキと会ったのだと聞いている。結果、ゲーム漬けになったあげく受験はボロボロ。本当は二年前の事件によってだが、一時期は人間不信に始まり人間嫌いのノイローゼ。引き篭もりに他者との接触不良。潔癖症……。教師・親・友人たち周囲の期待を背負って立っていた彼のその変化は勘当という事態まで引き起こしている。僕とロキのせいだ。
一瞬にしていつも通りの無表情の仮面を貼り付けたが、柏には気づかれたらしい。柏の手が僕に触れようと動いて、けれど躊躇うように止まった。そして、代わりというように苦笑する。
「言っとくが、隣人には関わるなよ?」
「隣人?」
それは多分、間を持たせるためのものだった。僕に対して、気に病むな、というようなそんな行動。けれど、それは知らないからだ。ロキの行動を、僕が唆したという事実を知ればきっと、君は僕に笑いかけることなんてない。
「そういや示崎、今まで柏のこと下の名前で呼んでたか?」
「違うけど。親睦深めた、からかな。いや、友情じゃなく恋人になりたいんだけど。本音」
「示崎!?」
「いちゃいちゃだなぁ俺たちはー?」
「うーん、もうちょっとかな?」
「なんだよそれー」
おどけて言えば強い当たりで返してくる来住。そんなやり取りをしながら柏の家までの道を行く。「うはー、デカイ」と来住がビルのようなマンションを見上げた。それは高級と一目で分かるような作りで入口にも指紋認証とパスワードの両方が必要になるタイプ。三人して柏の後ろに縮こまるようにしてついていく。若干一名、目移りしてばかりいるが。
「あらら~。いとちゃん、今お帰りなのかしら~?」
柏の部屋には綺麗なおねぇさんが寛いでました。
「何故だ」
苦悶の隠れた短い問いかけに彼女は答えることなく、手をぶらぶらと振って歓迎する。
ただし、その手の中には針金が握られているのが見える。つまり、ピッキングの要領で扉を開いたのだろう。
さすがはハイテク高層マンション、部屋にもパスワードと鍵の両方が必要なのに加えカメラつき、と戦々恐々入ってきたのだが、……内側には脆い作りらしかった。
「お友達も居るのね~」
厳しい視線を浴びせる柏に彼女は頓着せずノンビリとした調子。
「あんた仕事はどうしたんだ?――いや、さっさと出て行ってくれないか。人の家で寛ぐな」
「今お茶を用意するわねー」とキッチンへと向かおうとする彼女を出て行ってくれ、と頼む言い方をしながら実力行使する柏。押し出し、扉を鍵まで閉めた。鍵はピッキングされるので意味はないんじゃないか、と思ったがしっかりチェーンもかけた。……それで諦めるとも思えなかったが。
「さて、勉強をはじめるか」
「いやいやいや、何すぐさま話題変えてんの?空気が取り替えられるはずないじゃん!」
柏は無言で冷たい視線を送ると、窓を開けて空気の入れ替えを実施する。
「そういうことじゃないし!」
じゃあなんだ、という柏の視線が来住に向けられる。けれど、それは意外な方向から疑問となって帰って来た。怪訝な顔は寿々原。気遣うような視線が僕に向けられたのはなんなのかな?