三章-11
「昔の私は屈辱を感じていた」
ぽつり、と彼女は呟く。
「子供の頃なんか、特に。小さくて力のない自分に腹が立った。世界を恨んだ」
その腕で進行方向の蔦を向こう一帯、振り払う。カマイタチが作られるほどの速さで切り取られた草は宙に舞い、落ちた。儚げな少女にそぐわない実力だと感じざるを得ない。
「だから私は力を手に入れた。誰にでも屈しなくてすむような力」
誰かに屈された経験からか、いざ自分がその立場に立った時に思い知っただろう。自分が求めていたのは、こんなものではない――と。しかし、では何を求めていたのか。
「血を求めて戦って、でも空しい。何がしたいんだろう、私は。……わからないのに、止められない」
答えは出ない。そして答えのないまま進んできてしまった。後戻りが出来ず、前しか見られない中で、彼女はただ強さだけに縋り、進んできた。己のそれ以外に頼るものがなかったからだ。
「今思うと、寂しかったんだ。並び立つ存在が私は欲しい、それが今の私」
立ち止まって振り返ったシェリーは血を浴び、他者に威圧と恐怖を植え付ける姿だった。だが、儚く消えてしまいそうでもある。
「……人の業はいくら血が流されても変わらないんです。世代交代がなされる度に薄くなるはずの血脈は、けれど色を濃くするがごとく闇を深める。――だから、終わらない」
孤独に、孤高に立つ姿は戦いを求め、その結果に得たものだというのに猶、寂しそうだった。
「――なるほど、だからこそ私が生まれたのかもしれない」
血は争えない、とはよくいったものだ、と感心するシェリーは落ち着いていた。これから起こることを予期して、それでもなお静かに受け止める。だから、嘘も偽りもなく、本音をこぼした。
「怖くない?」
「怖いさ。だが、不確定に怯えてどうする。本当に守りたいなら――戦え。大切なものほど、手から零れてゆく。失いやすい」
彼女は、覚悟なのだ。覚悟の塊で、意思のみ。そこには哀しみも弱さも付随していない。シェリーはそれらを捨て去ったのだ。求める唯一つのために他のすべてを投げ捨てた。
「だから私は戦う。死ぬのは怖い。だが私は私を守るため、戦おう。きっと、何かための死は、悲しいだけじゃない」
歴然とした事実のように言い放つ言葉なのに、けれどその奥底に寂しさがある。だから、こんなことを言われて苦笑する。まるで、仕方ない、とでも言わんばかりに。
「あなたは、――独り、なんですね」
振り返った彼女は、ただ苦笑した。
そうだとも、そうでないとも言わず。否定も肯定もせず、ただ、……甘受した。
「どうして僕に?」
ただ理由だけを問うた。彼女はけれど、僕の思うよりずっと冷静に、興味も色もなさそうな瞳をほんの少し投げかけただけだった。
「聞きたかったんだろう?あなたは彼らと直前まで“こういう”会話をしていたはずだ」
ジェミニをする理由を知りたかった。条件に当て嵌まるほどの強い思いを抱いているか、僕は知る必要があった。あくまで、必要最低限だ。過去を知りたいわけではないし、むやみやたらと他人の事情に立ち入るつもりはない。僕はかき乱したいわけじゃないのだ。だが、結果は同じだ。
試し、その心のあり方を示させた時点で、心を荒らしている。踏み躙っているのだ、僕は。
視線を流す。ヴィオは無言のまま歩き続けていた。しかし、その沈黙は会話を聞いていたのだと語る。これ以上の会話は、もう無意味だった。
「扉は開かれる それは祝福の招来 光り輝き未来に溢れた 明けの空は赤く、血のように赤く」
空島の中枢区画。それは空“亀”の翼の根元にあった。
青色に光り輝くそれは木々によって支えられ、安置されていた。まるで木々に抱かれる種。
「さあ、――求めて」
シェリーは歓喜をそのままに、衝動に突き動かされるようにして動いた。
そして、四つ目の叫びが響く。
一つは始まりの嘆き、一つは小さな祈り、一つは大きな怒り、そしてこれは終わりの喜び。
――四つ目の悲劇にしてザメロの喜びが満ちた。