一章-6
「じゃ、今日はありがとう」
ゲームセンターを前に僕は感謝した。なぜだか驚いた顔をしてみせる彼ら。
寿々原は納得したようにすぐ見送ってくれたが理解が追い付けかないらしき人数人の代表者アヤカが僕に問う。
「どういうこと?遊ばないの?」
「遊ぶよ」
肯定する。本当のことだ。他人と一緒に行動するつもりはないというだけ。ここの場所を知りたくて寿々原に案内を頼んだ。柏は別で、自分から誘ったけれど。僕にそのことを説明する義理もないのでそのまま皆に明日の約束と今日の別れを告げた。
クラスメイトたちから視線を向けられていたような気もするが振り返ってもないので確実性は薄い。カウンターの人に声をかける。僕の欠陥なところは感覚に鋭敏なくせに勘違いが多いこと。僕が嘘つきだから疑り深いというのも関係あるのかもしれないけど。いやしかし、、柏には悪いことをした。あの大人数では下手に単体行動が出来ない。上手く抜け出すことが出来ればいいのだが、と祈りにも満たない小さな希望を持っても思考は流れる。
さて、目的のものはここにもあるようだ。エレベータに乗り込む。
階層操作パネルの下を触ってカバーを空けると出てきた鍵穴にカウンターから借りた鍵を差し込めばカチャッという音とともに半回転した。エレベータは自動的に階数設定を行い地下に向かう。チン、と軽い音を立てて開いた扉に鍵を刺したまま上階フロアへと指定して降りる。鍵はカウンターの人が回収する仕組みだ。幾重にも枝分かれした通路を前に適当に右側の道を選択して進む。やがて一つの部屋の前に立ち止まった。扉にはライトで照らされた空室の文字がある。左側へ進んだのは適当なようでいてそれには意味がある。(……いや、僕が左ききってだけだけど)
そういえば、人は追い詰められたり逃げたりする時に左右でいえば左側の道を選択することが多いらしい。その確立が八割というのだから、それはもう人間心理として脳裏に刻まれているぐらいのものだろう。そのことを知っていて左を選ぶ僕も相当なひねくれ者と思うけれど。だって、追われている時なら来なさそうな方を選ぶだろうに。けれど僕は思う。追われているなら最後まで追いつかれることなく追われていなければならない。
そんな心情、馬鹿げている。けれど今の僕の顔は笑っているだろう。普段、動くこともない表情筋が無意識によって動かされている。もちろん、意識化で動かすことは出来るけれど、それはやっぱり違うのだ。
個室に入ると中央に一つのリクライニングチェアーが用意されていた。座り心地は良好、体が柔らかに沈みこむ。前面には大きな画面、端には扉。トイレと洗面台が設置されているのだ。感覚がフィードバックされるため、肉体に傷はなくともショック死することもあるわけで、その前に安全装置が働いて気分が悪い程度で済むのだけれど。
このフィードバック機能はゲームセンターから接続した時のみ発生するもので、他の端末、携帯やパソコンからの接続時には周囲の安全が図れないので感覚遮断が行われている。でも仮想現実というからにはこの感覚のフィードバックはかかせないものだと僕は思う。
――なんて、安全装置が働くのは地上接続のみだ。この地下施設はVIP対応、完全フィードバック式。古参のプレイヤーにのみ許された専用アクセス端末だ。死んだものはいない、はず。僕もメンバーズカードをもっているからね、そのための特殊経路、エレベータ停止階数のない地下世界。もっとも、贅沢なほど安全を図ったこの部屋はどこのゲームセンターにでもあるわけではない。ここにはあったけれど、本当は珍しいものだ。数十単位で地下にあるのだ、学生の懐がさびしくなる程度では済まない馬鹿高い料金設定をしているだけある。なんたって万札が幾つも飛ぶ。随分な痛手である。
それでも、わざわざゲームセンターからアクセスする方法を僕は選ぶ。僕に今必要なのはゲームでなく、現実を超えた仮想。
肘置きから延びる端子とディスプレイから延びたコードを順番に繋げた後、入ってきた扉を見た。その鍵穴は口を閉ざし、チェーンや支え棒などで異常なほどの厳重さで他者を拒んでいる。入室中、と入口に電燈されるので侵入者はいないだろうけど、用心はしてもしすぎることがない。神経に電極を埋め込み脳に直接信号を送るので外部からの接触はかなり危ない。もし何らかの手違いでゲーム接続中に身体を揺らされたりするとそのまま意識不明の昏睡状態にはいる可能性だってなくはない。
専用のバイザーを装着してコンソールを叩き、システムを起動する。同時に衝撃が全身に奔った。静電気を全身に受けたようなそれは瞬きの間に消えて何が何だか分からなくなった。痛みと感じたことさえもおぼろげになる小さな刺激。麻酔が効くように感覚がなくなり意識がゲームへと引きずり込まれる。
――――ジェミニに接続――――
見慣れた機械の表示。しかし、現実世界で微かに「おかえり」と映し出されたのを最後に見た。
(……そんなはず、ないのに)