三章-10
木属性エリア【浮島の 分かち合う 芽吹き息吹 晒される命 朝日昇る】空亀・常春。
空中庭園――いや、空島といった方がより的確かと思えるそこは樹海でもある。
深い森は怪鳥の鳴き声が不気味に響き、爽やかであるはずの朝という時間帯に不快な皹を入れる。僕、ヴィオ、シェリーと今日のメンバーは皆が無口という異例のパーティ。
今まで僕はシェリーと関わる事がなかった。ギルド・ニケのマスターではあるが常に不在・無口がスタンスなのだ。だから、今日のことは驚き――いや当然の結果だ。ニケのメンバーは既に僕らしかいない。事情など、彼女自身が理解している。
ルッツ、レティス、マチルダ。その三人に加えて彼女とヴィオ、そして僕がギルド・ニケの全メンバーだ。少人数でありながら、その影響力は大型ギルドを越す。それは個人個人が二つ名のあるような実力者であることだけでなく、他者とは馴れ合うことを避ける傾向と目的行動故に手段を選ばないということもあってプレイヤー内では注目されるようなプレイヤーで構成されていた。もっとも、ギルドとしての知名度は低いがために、彼らの関係性に気づく者たちはいなかっただろうが。
そんな彼らのうち、三人が意識不明。しかも、直前には僕とヴィオの二人を同行してのエリア攻略。となれば、彼女自身にもそれが降りかかる事態になる、と思ったのは強ち間違いではない。実際に、この三人でエリアに行けば、間違いなく、運命はその道を選ぶだろう。サイコロにしても、ジェミニの中では天運に“彼”の息が掛かっている。
だから、僕が転送ミスをするまでもなく、ワードを選び取るプレイヤーの下位意識に干渉してまで、そのエリアワードは構成される。
「次は私か。楽しませてくれるんだろう?」
だから唐突で傲慢で当然のことを言う彼女とともに僕はこのエリアに踏み込んだ。
「苛烈、だな」
美しい銀髪を肩でそろえた美少女。華奢な体格とは打って変わり、その性格は苛烈。戦闘狂。仮想に埋没してリアルを見捨てた少女・シェリー。戦闘においてその瞳は爛々と輝き、猛禽類よりも素早い行動をし、敵を狩る。一瞬にして片がつくのはレベルを超えた、技能の鋭さに躊躇の無さのため。留まるところを知らないようにレベルを上げ続ける彼女は、暇さえあれば己のレベルよりも高位なエリアをソロプレイで放浪し、敵のすべてを狩り尽くす勢いで戦闘をする。彼女の目的は“戦闘”であって、心臓でもアイテムでもないので、常にソロプレイ。その強さは伝説のプレイヤー・ロキや最強のプレイヤー・ジェネシスに比肩すると謳われる、現存最高のプレイヤー。
彼女は行く。僕の特性といってもよいような、遭遇率の高さに驚くでもなく、苦心するでもなく、彼女は圧倒的な強さでそれを悉く潰す。幾つもの武器を纏いながら特攻して掠り傷一つ負わないその強さ。それはまさに戦乙女。戦神。
彼女にとっては体格もレベルも意味を成さない。小さな体躯から繰り出されるそれは一撃毎に相手の自信を打ち砕く。難攻不落の砦も、軍隊の列も、彼女の前ではすべてが崩れる。己の圧倒的不利を、相手の圧倒的敗北へと帰る存在。策を練ることさえも愚かしいほどの圧倒的強さ。だが、彼女の強さはその心。勝つことは彼女にとっては当前であり、負けるという選択肢も未来もない。己の限界は超えるものだという絶対的信頼。だから、常勝の女神を冠したギルド・ニケのマスターなのだ。常に絶対の勝ちを求める。
だが、それでは体の方が先に壊れるだろう。いや、それすらも器というものに抑えることを嫌がるのか。勝つ以外は認められない、それが彼女の世界だ。――僕だったら、そんな期待、すぐに投げ出す。自分で自分にかける期待など、最初からないに等しい。
「目的があって、レベルを上げているんですか」
「そうだ」
淡々とした答えだ。無情より、鈍感。鈍磨した感覚。――だからこそ、戦闘や命のやり取りというようなギリギリの時のみ、目が覚めるような輝きを放つ。――苛烈なほどに。
「あなたに敵うレベルの人なんて、もう一握りもいないでしょう?」
「レベルはそうかもしれない。でも、実力は違うかもしれない」
例えば、あなたみたいに。そう言って視線を流されるが、苦笑してしまった。僕はそれほど強いわけでもない。レベルと実力があっていないだろうとは、自分でも自覚している。この一ヶ月二ヶ月という時間ではどんなに根をつめても、あの三年間には追いつけない。僕は僕に降りかかる危険を振り払えるだけの能力しかない。彼女の期待に答えられるほどの何かが僕にあるわけではないのだ。