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Distorted  作者: ロースト
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三章-9

 ふいに、視線を感じた。いや、それはもう、敵意に近いような弾圧する視線。説明が欲しいのだろう、それに僕は振り返った。

「すい、ません……取り乱しました」

「いや、」

 顔も見ずに頭を下げれば短い否定が返った。しかしそれは言い淀む気配をまとっている。戸惑い――それを肯定するように海和が問いかけてくる。

「ねぇ、なんなのあれ。ひと、よね……?どういうことなの……。ねぇ!どういうことなのっ!」

 否定も肯定も出来難い。僕には彼らの満足の行く答えを持っている。しかし、

「なんとか言いなさいよぉっ!」

「海和!……すまないな、示崎」

 掴みかかる彼女の必死さは怒りを通り越して涙ながらの訴えだ。信じたくない、という気持ちが伝わる。

 彼女は、このパラドックスという組織において実質、三番目。指揮系統に属し、その能力も遠視という、直接戦闘型ではない。戦場に出てはいても、その重要性が身に沁みているわけではなかったのだ。……結局彼女は、夢気分だったのだ。

 あれだけの気迫を、威圧を感じつつも、現実と知りながらも、何処か非現実なそれを理解の埒外に置いていた。“能力を駆使して、OVERを倒せば世界は救われる。痛い思いはするかもしれないが、ちょっとしたヒーローだ。”“負傷したなら私が出ればいい。余り動けなくても、少しぐらいは役にたつだろう”――そんな甘い気持ち。OVERを倒すということに対する理解がない。その存在が何なのかを知らない。そして、負傷は記憶を――果ては命を落とすということを、わかっていない。……まだ、他のメンバーに理解がある。

 でも能力者として人に忌避されてきた彼らにとってはそれだけの小さな意味でよかった。大事に己の存在意義を感じてしまう事は自らを疎んじてきた彼らには逆に恐怖でしかない。

「この話はまた場を改めて――」

「いえ、今がいいです。……わがままかもしれませんけど」

 そう、わがままだ。こんな状態の海和に時間も与えず話すのは、話したくてたまらなかったからだ。誰かに聞いて欲しかった。知っておいて欲しかった。

 僕が僕である為に。迷わないように、もう一度心へ刻む為にも。

「――話してくれるか?」

 静かに、頷いた。


「――ジェミニで意識不明者が出ているのは知っていますか。彼らはMISSINGの被害者です。ジェミニの神を模したAIがプレイヤーの持つ“感情”を求めて人を襲う。そして、人の意識で補完された神は生命としての条件を満たす。魂――人工物が他人の意識を奪って命を得る。集積した情報によって肉体を構成、虚像が現実に存在する。――だから、MISSINGを倒すことで意識不明者は現実に復帰できる」

 ジェミニに捕われた意識の集合体。情報の復重構成がされ現実世界に顕現した意志なき意識――魂。こちらの世界では触れることさえできない幻影が辛うじて形になったもの。情報の塊に魂の宿った副産物。だから世界に馴染む前はとても不安定で比較的倒すのは容易なのだ。



「――同時に、“世界“の真実の犠牲者でもある」


「世界の、真実の犠牲者……?」

「本来、MISSINGとはAIのことではなかった。正真正銘、意識不明者の意識体。仮想空間という偽物の世界で死を体験し、リアルだと感じ取ってしまった者の意識。――肉体が生きたまま、脳が死んだと思ってしまった勘違いの悲劇。彷徨う情報意識体」

 現実よりも現実感の溢れる世界で、そこに生きていると認識していたからこそ、その死を現実として認識した。裏のジェミニを行っていたことも要因ではあるがそれによるショック死ではない。精神が衝撃に耐えられなかったのではなく単に仮初の肉体の死を脳が真実と思ってしまったがために起きる事故。

「だが、それをAIに取り込んで改造した者がいた」

 そうしてAIとプレイヤーの意識、主体が入れ替わった。肉体を求めるプレイヤーの意識と、人の感情を求めるAI。ジェミニを放浪する神はプレイヤーの意識を吸収して意識不明者を作り出しながら、ニケに会った。

 選別者にして接触者たる選ばれた存在。失ったがために、同志を募りそれは作られた。ギルド・ニケ。神のための贄。扉の鍵。

 一際強い志を持ち、感情を持て余す。初原を司る覚醒者。彼らは特別だった。少なくとも、ロキにとっては確実に。

 そして人柱から肉体を得たMISSINGは現実世界に進出した。

 徐々に情報は蓄積され無を有に変えるための用意は整ってゆく。ロキが現実に顕現するための扉は滞りなく、開かれていっている。

「か、いぞう……意識の?現実の体は?死んじゃったの……?」

「もちろん、病院で適切な治療を受けている。けれど、それも時間の問題だろうね。だから、未練があるんだよ」

 未練は意志だ。そして強い感情でもある。MISSINGとOVERの源。

「MISSINGもOVERも――“彼”が完全体になるための布石であり手足」

 ジェミニは世界の真理に近づくための布石。だからこそ、真理に犯される可能性がある。ジェミニというゲームを通して世界のことを理解し、それを理解することの出来なかった者たちの末路。

「再会を願うのは罪なのかな」


「――え?なに……」


「彼は始まりの人にして最初のジェミニの中に取り残された意識(MISSING)。人としての形を失った、生に未練のある意識――死者の亡霊」

 ただ、生きたいだけ。ただ、会いたいだけ。それだけなのに。

「示崎 晩。私の弟です」

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