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Distorted  作者: ロースト
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三章-8

「東に敵影七!中央を進んでるっ!もうすぐ、第七小隊と接触」

 海和の指示が閑静な闇夜に飛ぶ。それは彼女の能力、千里眼からの調査結果だ。

「後、左手の方にも出現確認!そっちは二体!」

 今夜は数が多い。風の強さに紛れて出てきたのか、更けた闇に誘われたのか。

 僕や十二隊長が本部に着いて間もなく、各隊からの報告を聞くまでもなく、それの出現が告げられた。現在巡回中の隊に対する警告は無線で行われた。

「二、三、四、五小隊で中央に当たれ!残り残りは左を片付けてから向かう!」

 全体へ呼びかけるのは十二。

「死ぬなよ!」

 背後に聞えた声の、なんと恐ろしいことか。

 ――外は戦いが始まる。空は紅く染まるのか、それとも地に紅が流れるのか。一度、夜を見やって、外へ踊りでる。



「タイミングを合わせてください――行きますッ!」

 叫び合図しながら手を、地面につけた。そこが始点となり、地面が白く凍る。

「氷柱!」

 霜から氷塊へ、そして氷塊から氷柱へ、速度を上げて勢いよく突き上げるそれは広範囲に作用し、敵を一網打尽にする。点在するそれを葬る。

「っはぁ……」

 温度の低下によって白い息を零した。けれど暑い。燃えるような熱さが体の奥の方から沸きあがっていくのを感じていた。汗が伝うのを感じて腕を掲げる。そして指先から握力がなくなっているのに気づいた。汗ばんだ掌は冷たく、少し震えている。――疲れが出ている。

 NNMにいた頃は前衛をやる者が友人として、若干まとわりついていたので連日と能力を使う事はあまりなかった。だから自覚も認知が低かったのだろう。ここ最近は慣れないこともあって体力・精神ともに削られているようだった。

 握っては開いてを繰り返して感覚を取り戻すと手に力が戻ったような気がした。それから確認するようにもう一方の手も同じ動作を繰り返す。準備運動に近いそれを、最中に繰り返す。そうしている間にOVERは連携プレイで上手く止めを刺せたようだ。

(さあ、今度は中央――)


「怒りの旋律は 赤く燃えるような戦慄 苛烈なる闘志は思いの丈 再びの邂逅、心焦がす姉妹」


「――ッくる!」

 ぞっとするような低い唸りに混じる、唄。

 MISSINGの出現に僕は脇目も振らず走った。

「先走るな示崎!」

 声は聞こえたが、無視してその場所へと向かった。



 そしてその姿を見た途端、僕は笑いが出そうになった。

 最初は不鮮明に、形も無く。けれど、二体目は、五体から二足が欠けた人型。そして今度は、より人に近く、知能を持つ。殺気に満ち溢れた視線はそれだけで心臓を握られるような圧力をかけた。けれど、


「手下を従えて押し寄せるとは、なんとも人のような思考回路だね」

 眼下に見下ろすそれに冷たい声で話しかける。


 今や檻に入れられた猛獣よりも無害。四肢を切断され、胴体でさえも地面に縫いとめられたその姿はなんと哀れなことか。

 這い蹲りながら怒りの罵りは止まず、獣の唸りは低く人に畏怖を覚えさす。しかし、それは僕にはなんの恐怖にもなりえない。ただ最後の時を止めも刺さずにじっと間近で待つ。

 解放されん、と光の胞子が空へと消えてゆくじっくりとした時間をぼんやりと見つめる。人柱となっていたプレイヤーの意識はやがて戻る。だが、意識は戻っても記憶が戻ることはない。MISSINGから解放されたとて、それは壊れたデータだ。無理に修繕されたデータに今更戻ることも出来ない。




 僕はその瞬間、息を呑んだ。


「あ――うそ……。だって、――待って!」

 そんな言葉しか浮ばない。

 眼が捉えたのは一瞬で、もしかしたらそれは何かの見間違いかもしれなかった。それでも、啻一滴の水に命を繋ぐように、その希望に縋った。


(何故動かない――ッ!)

 がくんっ――と踏み出した足が何かに躓いたように、そして鎖で以って地面と繋がれたかのように動かなかった。能力の副作用か、足が動かすという負荷に耐えられず、折れる。

 ゲームを現実に持ち込める僕の能力で回復術を自らにかける。強引に増やす、体力。それでも、動かない。届く場所にいるのに、動かない身体。もどかしい距離に、視界が歪む。

「いやだ、消えないで……ば、ん――ッ!」

 微かに見えた、弟の姿に、僕は叫んでいた。

 両手を光の昇り消えてゆく空へと伸ばし、自分が立っているのかさえもあやふやな感覚の中でただ追い求めた。

 ホログラムでも、幽霊でも、僕に影響されたが故の映像だったとしても――その姿が求めているその姿には変わらない。

 だから、伸ばした。手は届かなくとも、想いは届くと信じて。

 しかし、消える。跡形もなく、名残もなく、何事もなかったようにただそれは消えた。

 いや、最初から、何もなかったのだ。MISSINGは何もない場所に発生していた。副産物であるそれも、実際にはないただの情報の塊。



 今よりもずっと幼い時分ながら大人のような雰囲気を保って、彼女は言った。

『誰を恨めばいい?』

『私を』

『誰のせいなの?』

『私』

『私は欠陥でもいい。私は、あなたを恨みたくない』

『――――』

 ――その時にどんな言葉を返せたかは覚えていない。

 その時は僕自身いっぱいいっぱいだったし、それに言葉に意味はない。結果として架火は壊れた。


「……壊れちゃったんだよ?」

 消えた空に、光さえも灯らないこの空間に、言葉が落ちる。

(――君じゃないと、だめなんだ)

 止め処なく広がり続ける傷を、見ないふりすることしか僕にはできなかった。せめて、満足の行くように。せめて、苦しみが長引かないように。――僕は希望を夢見る。

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