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Distorted  作者: ロースト
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三章-6


「昇進した」

 昇進も何も、実質的なトップじゃないか、と出かかったが止める。儀礼的な事柄だとわかったからだ。悠木の親族は多かれど、それを動かしているのは今や静である。しかし立派に成人し、功績を上げつつ重役となっているとはいえ若年により表面上のポストはその発言力よりも大分、低い。――それが今度、何らかの節目ということで立場的にも順当に昇るということだろう。それでも未だ、実力に足りないだろうけれど。

「それで、パーティーですか」

「そうだ」

 断定の声は確かな重みを放っている。年齢以上に威圧的だ。その地位と生来の気質から来るものであることは慮れた。

「でも、少しは気遣って欲しいですね。こちらにも用事はあったんですよ」

「どうにでもなるだろ」

(王様か)

 彼に傅く女性たちは忠実に仕事をこなした。僕は嫌になるほど磨き上げられ着飾られていた。肌触りは至上。贅を凝らしているのに、上品さを損なわないままに装う。

「はぁ……っ」

 気が重いのは静のパートナーであることだ。悠木財閥の嫡男のパートナーに相応しい人物として、挨拶回りに仕草に、品位と知性と……。求められることは膨大だ。

 それを、人に言えないような過去を持つ下賤な“私”が、行う。――笑わせる、実に笑える話だ。

「ビックリするほどぴったりですね。ストーカーですか?」

「監視だ」

 背後に近づいたのが分かって皮肉を言う。

「……会いたくありませんね」

(自分に)

 鏡の中の自分を見る。そこに映し出されているのは僕ではない。“私”だ。

「似合いませんよ……」

(女を捨てた私に、ドレスなど似合わない)

 例え、以前のように長い髪を垂らしても、唇に紅を差しても、女性特有の体つきを見せ付けるような格好をしたとしても――そこに、私はいない。

「どうせ、挨拶だけだ。それが終われば帰っていい」

「仕事ですよ、こっちは」

 夜はパラドックスの巡回がある。休めるわけがない。

「知ってる」

 腰に腕を回しながら言う静は結局、視線を向けることはない。

 彼が私を見ないのは――大切な妹を壊した、すべての原因たる私を見たくないからか。それとも、“僕”であろうとする私のためなのか。


「こちらはいかがかな?」

「あ、いえ――お酒の方は苦手で……」

 仕事で食事もろくに取っていないだろう静に適当に摘めるものを見繕う僕へと声をかけてきたのは招待客の一人だ。特になんと言うこともないが、一言で表すならば中にいる客たちの間では若いというぐらいだ。撫で付けた髪にきっちりとした服も凡庸で、しかしそのまとう空気は金に眩むよりも欲に近い。年代は静より多少高い程度なので、仕事はそこそこに出来る人物なのだろう。立場もそれなりにあるはず、見たところ技術肌。そこまで観察したところで差し出された淡紅色の杯に目を落とす。――そこに宿る腹は何か。

「杏」

 背後から伸びる腕を拒否することもなく、声をかけてきた静に体を預ける。

「悠木くんじゃないか。コチラのお嬢さんは君の連れかな?」

「妹の友人です」

「はじめまして。杏と申します」

 僕へグラスを進める男の手を静が遮った。

「監督者責任もあるので飲酒の方は禁止させているのですよ――彼女が酔う姿を見るのは、俺だけでいい」

「静さん……」

 腰に回る手を意識しながら上目視線に熱く見つめる。

「い、いやはや……今日は何だか暑いですなぁ。私は少しベランダの方に出させてもらうとしよう」


「静さん」

 去った男性に気づかれない程度に熱の籠らない声音で呼びかけた。

「『珍しいものでも見た』と思っているんじゃないか、今頃」

 僕としては追求の手が減ったことは嬉しいが、そう悠長に構えられる事態でもない。静は今や注目度の高い人物だ。幼い頃のままではいられない。幼馴染という関係性で傍にいるには立場が違いすぎる。五年も経てば、変わるのだ。

 引く手数多なのはその立場や血筋の意味合いよりもその容姿の方が強い。芸能人なんかよりもよっぽど“結婚相手”として女性から見られるだろうに未だ許嫁もいない状況。そんな中、パートナーとして妹の友人を連れて来、あまつさえ熱い視線で見つめあう。

 それはもちろん、ただの演技なのだけれど。今後に多大な誤解が生れそうな予感がした。


 いつしか行く先の見えた静の足取の先、そこには確かに見知った人物がいた。

 いかにも堅苦しそうな風体で端正な顔立ちに無表情を浮かべ、人を嫌うように壁へと背を預けている。眉根に皺が寄りそうなのを必死で耐えているような、押し殺した雰囲気が近づくにつれ次第にはっきりとわかった。

「静さん、知っていて連れてきましたね?」

「知っている、と言っただろう」

 こんな偶然があるはずもないのだから。

 僕と十二隊長の目が合う。表情の常にわかりにくい十二の眼を見開かせるのは僕の姿。けれど弁解もなにも暇がない。僕らはただ、十二を通り過ぎるだけだ。次なる招待客へ、偽りに塗れた挨拶を再開する。


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