三章-3
「聞いていい?」
注意深く、尋ねる。
「ああ。アシュレイ、呼んだのリスタだし。うん、知っといた方がいいよな……」
苦笑気味に言われるのに自然、眉が寄った。言いたくないわけではない、けれどためらいのある関係。それはどこか、僕と静さんの関係に似ていて……そして僕と“弟”の関係にも似ている。
「ジョイン。僕ね、弟がいたんだ」
「へ?……いた?」
「そう。死んだんだよ、二年前に」
なんでもない事のように告げれば驚く顔が見えたけれど、僕は話を進めた。
「僕って不運体質でしょ?弟はね、幸運体質だった。でも、死んだんだよ。天才でもあったけど、それだからってどうにかなるもんじゃなかった」
どうにかなるものならよかった。僕が死に、それで済むというのならそうした。だが、それさえもできなかった。生来からの種はやはり、僕の体質が植え付けたのだろうか。
「弟とは訳あって、別々に暮らしていた期間が長かったんだけどね。双子だった事もあって、僕らは仲良かったと思うよ。天才で幸運な弟が自慢。でも同時に憎かったなぁ。――今思うとね、そのことを言わなかった事を、心の底から腹を割って話せなかった事を、後悔してる。何もできなくなってから、知った。何もわかってなかったってこと」
今になって思い知った。晩が何を思い、何を考えていたのか、本当の意味で何も知らなかった。いまさら、遅すぎる理解だった。
「……そぅか」
「うん」
「――じゃ、話してくる!」
一目散にアシュレイへと走って行くジョイン。素直で、凄いと思った。その背を静かについてゆくレイス。背中を預けられる、信頼関係が羨ましい。
「アシュレイ!」
「ジョイン?何かあったか?」
「あの……さ……」
勢いの萎むジョインにレイスが背中を小突くのが後ろからは丸見えだった。
「俺はいつも兄貴の背中を見て来て、いろんな人の期待をしょってるのが辛そうだった。独り寂しそうだった。知ってたんだ。……でも、みんなに優しいのに、俺にだけは冷たいような気がして、いつも何も言えなかった。兄貴は何でも持ってて、俺のものだと思ってたものも全部兄貴に奪われていくようで怖かったし、俺はいつでも二番目で、ダメダメで……でも、嫌いじゃなった!自慢の兄貴で、尊敬してたんだっ!大好きだったんだよ」
兄の存在に、天才という存在に、自分というものが希薄になっていくような気がしたのだろう。人は異質な事に敏感だ。それは差別となって、除外という行動に及ぶ事もあるが、葛原の場合は好意的に転がった。人は天才に集まる。――弟という立場は、それだけで天才の期待を浴びた。けれど何もできなければ、天才でなければ、友人も周囲の人も、注目は逸れて行く。兄に嫌でも注目は集まる。
そんな中で、ただ一人、来住から離れなかった。葛原の弟、という視点で見ないで、来住という人間を見たのが、寿々原だったのだろう。だから、二人の信頼関係はあんなにも固い絆で結ばれている。
「――俺、兄貴がいて、よかったっ!」
「いきなり何の話してんのよアンタラは!」
立ち並ぶ水着美女の一人、海和が突っ込みを二人の頭にお見舞いする。痛恨の一打となったそれは洞窟内に木霊し、その衝撃の重さを響かせたが、ここで助勢してくるものはいなかった。いや、一つだけあった。しかし、それに付随する声は不吉極まりなかった。
「だめですよぉ。……せっかく弄り甲斐があるんですから」
(――係わり合いになりたくない)
深刻な雰囲気から一転、僕は身を震わせる。
けれど結局のところ、僕はパラドックスに入っているし、ニケの仮登録解除もしていない。そしてエトワールたちにはユグドラシルの勧誘を受けた。
(……ふむ、いつの間にか身辺が大分騒がしくなったな)
「リスタはそっち行ってろ」
ヴィオに追いやられ、押し出された僕。女性陣の目が一斉に光ったのを見た、気がした。手はワキワキと怪しげな動きを繰り返し、今にも飛び掛らんばかりだ。
僕が無表情をかなぐり捨てて引きつった顔をしてみせたのは当然だと思われる。
「……水着ですね、それって」
通常装備の上から貼り付ける映像データ“テンプレート”。視覚のみ操作しているので戦闘になると分解、通常装備へと移行する、特殊な衣装だ。水着とはいっても水中行動はできても水中戦闘はできないという、矛盾が生じる。それを補うために通常装備“水衣”もあり、防御力は低いものの素早さの高い装備だ。初心者のヴェローナとリスタとして買い直しをしていなかった僕以外はそれぞれ水衣を持ち込み、現在も装備中である。
ヴェローナは誰かに水着をプレゼントされたようだが、僕は通常装備のまま。後衛なので水中で動けなくとも問題はない、というか糸を武器とする傀儡士は水属性の敵にほとんど役立たずである。せめて以前のロール・フォックスならば魔法攻撃が使用できたのだが、初心者リスタとしてはレベル上げで精一杯、魔法修練を積んでいない。