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Distorted  作者: ロースト
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三章 求めた先に、掴む闇


三章 求めた先に、掴む闇


「何なのよ、あなたたち!」

 OVERの出現に遭遇した人物がいた。それは被害者の兄妹か、恋人か。突如意識を失った彼の人に寄り縋って、“化物と自分たち”の間に立つ僕らを睨みつける。

 ――本来、一般人にOVERは見えない。

 OVERはジェミニを解して存在する情報体だ。未だ不完全なそれはジェミニと深い関わりを持つもの以外は認識できない。常識というカテゴリーに物事を納めるために脳が勝手に現実を修正するためだ。だから、デパートでMISSINGが出現した時もあっさりと工事現場の事故として現実に“ありえる”現象に置き換えられた。OVERに襲われた被害者が多くともジェミニが表立って糾弾される事がないのはそのためだ。そもそも目撃者が被害者もろとも存在しない。ジェミニでロキー―MISSINGによって意識不明にされたプレイヤーとは違い、OVERの被害者は一時的に記憶の欠如・混乱が認められるだけである。意識も、翌朝には戻る。パラドックスは誰に目撃されること無く暗躍できる。

 だから、それは幸運だったのか、必然だったのか明確ではない。


 被害者は一箇所に一人。その場には被害者のみ存在する。目撃者はない。意識を持つ者さえいない。――だから、今回は例外。僕らを睨む少女も推定被害者。

 どちらにしろ、被害を食い止められたのは功績と思える。例え、本人から非難をぶつけられる現状を知っていたとしても、だ。


「……化物じゃない」

 怖れの声は当然といえば当然だった。

「あなたたちもあれと同じよ!私から彼を奪おうとする化物よっ!」

 それはそうだろう。化物と対等に在れる存在を化物と呼ばずして何と言おう。

 しかし、その定義で間違っているものは、多勢と無勢。複数人で化物と対等ならばそれは一人では化物に及ばないということでもある。例え、己が知らない未知数の能力を秘めた存在であろうとも、それはそういう存在なのだと納得しなければならない。――彼女は目前で起きた現実を、受け入れられなかっただけなのだ。

 化物に襲われて、危機一髪で助けに来てくれる人がいる。そんな物語は、けれど現実では不自然で、現実的とは思えず、非現実が更に飛び込んできたようにしか思えない。

 この場合において彼女の非難が至極真っ当なものとするならば、それに現状当て嵌まるのは僕のみだろう。――けれど、僕が化物だなんて、とんでもない。

 矮小なる存在が小賢しく己の能力を駆使してそう見えているだけだ。ただ、足掻いているだけなのだ。この少女と同じく、現実を認めたくなくて。


「巻き込まないでよ……」

 小さい声音は弱虫の象徴だった。泣きたいのを堪えるような、か細い声。

「どこかへ行ってよ」

「しかし、彼は――」

「消えて!」

「行きましょう。仕方がありません。あれじゃ拉致もあかない」

 僕は促す。停滞した空気はやや動き、けれどやはり重いままだ。

 説明も何もない。

 一日経ったら起きるだろう、という安心の言葉を掛けてやることもできやしない。

 ――少女はそうして現実を否認して、責任を放棄して、悲劇に浸かりたいだけなのだ。

 付き合ってられない、と僕は踵を返した。

 無言で十二も引き返した。このまま本部へ行き、他を当たっていた者たちへと今夜が終わったことを告げるのだろう。鬱々とその場にいたメンバーも帰宅してゆく。


「いいの、あれで?このままで!」

 海和の声が甲高く、夜に響く。けれど誰も振り返らない。顔を上げることすらない。少女が放った言葉はパラドックスとして活動する能力者全員に心当たりのあること。誰もが抱える心の闇。過去の拒絶が蘇る。

「力を行使するものはどうしても悪になる。弱者を踏み躙る力があるから、力持つ者自体が忌避される。行動を見て言われるのではなく、恐怖からの叫びですよ」

だが黙々と動き続けていた足は誰かの言葉を待って止まった

 僕は少女を肯定するつもりは毛頭ない。だが当前の自己防衛だと知っている。だから僕は横を歩く十二を見た。皆が耳を済ませる中、声は暗い空間にその声はよく響いた。

「――この方法が間違っているとは思わない」

 重苦しく、けれど自省と彼女のことを鑑みての言葉。嘘は一つも含まれていない。

 正義など、片方面のみの真実から得たものでしかない。だがそれが現実に像を結ぶことはなかったらしい。

 純粋な響きが闇に吸収され、誰の耳にも入らなくなった頃には空気は軽く、皆が“いつも”を取り戻した。けれど、

「正しいだけじゃ物語は進まないですよ」


「しかし、活動は続ける。すべてが正しいわけでなくとも、それが俺の正義だからだ」

 それは誠実な答えだった。

 非を認め、けれど撤回をしない。口先だけでも無いし、理屈をこねくり回しているわけでもない。どちらかといえば無口を普段通す十二が口八丁手八丁と言葉を上手く操っているわけでもない。ただ、そこには真心が、誠意があった。

(ああそうだ……僕が隊長を苦手な理由)

 正しいと思っているから、だ。

 この人は、僕の対極にある人なのだ。行動のすべてには善と悪が付きまとう。どんなに善であろうと努力しても、世界はそれほど優しくない。それでも、十二はまっすぐなのだ。

 真直ぐで、清廉すぎて、眩しい。ロキの、人を引っぱり上げるような強引さではなく、柏の人を素直に納得させるような健やかな正しさではなく、矛盾も理不尽もすべて利用した上で正しい事を正しいと認めさせる正しさでなく、十二の持つのは――ひとえに、道徳による、完全なる理想真理に近い。あくまで“正しい”ものであって、それは人を強制的に糾す、強さがある。

「そこに何らかの悲しみや仕方ない事情があったにしても、それは一個人の話だ。世界に狂気を振りまき他人に危害を加える理由にはならない。同情はしても他人を傷つけてよい理由なんて存在しない」

(――人を傷つける理由は誰にもない、か)

 確かにそうだ。けれど、それは逆に言えば――誰かが幸せを望むのを阻める理由もない、ということ。他者に危害を加えない限り、というのは余りにも穴だらけな理論だ。


「……眩しい」

 正義を一方面だと知った、という口からそんな言葉が出るとは。

 それを言ってしまえば終わりなのだ。僕らがOVERと戦う理由。それは他人に出来ないから、というだけ。本当は自己満足にしか過ぎない、ということ。

「すごく真っすぐだ。顔を覆って泣きたくなるぐらいには正論だ」

 みんな、真っ直ぐに前を向いて歩いている。そうじゃないのは、果たして誰だろう。

(架火?)

(晩?)


(――それとも僕だけかな)

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