一章-5
「示崎くんはどこら辺に住んでいるの?」
そこにはクラスの大半が一緒にいた。結局のところ、皆がゲームセンターで放課後を過ごすということ。周囲に学生姿がちらほら、それ以外の姿もみなが同じ方向に向かっているという不思議現象。なんと、僕が新しく住むことになったこの街にはゲームセンターが一つしかないというのだ。商店街は東西に広く列をなしているのだが、遊び場という面では遅れている。そんな中で閑静な住宅街がポツン、と存在する。高級地だ。そこに架火の専用マンションはある。ただ一人しかすまないそこはブルジョワ思考ゆえだ。本当はそれだけではないけれど。とまぁ、そんなわけで目的地に向かい集団移動中。もっぱら、僕への質問タイムな現在。
「近所だよ、わりと。大きな道からは逸れるけどね」
「じゃあさ、趣味は?好きな食べ物は?特技は?」
「趣味は世話、かな。好きな食べ物は特にないね、嫌いなものならあるけど。特技は人間観察……これも趣味かな?そうだね、特技は嘘をつくことだよ」
変な回答をしてしまったらしい。会話を聞いていたらしき数人もアヤカにしても、微妙な顔をして空気も固く、重くなった。歩みが遅々として行くのには気づいたが、僕は僕のペースで歩いていた。早足なわけではないけれど、留まっていては他の通行者の迷惑にもなる。先頭でもあるし、つっかえる前に歩かなければ、と。
かれこれ十分以上も交わされるやり取りだが言葉のキャッチボールが続かない。殆どが僕の言葉によってそれ以上の会話の発展を阻害している。決して会話をしたくないわけではないけれど、情報の流出は控えたい。なるべく当たり障りのないこと、曖昧に暈かした答えをする。つまりは同じことなのだけれども。
「――示崎くんって不思議。変わってるって、いわれない?」
「いわれないよ」
むしろ初めて言われたよ、なんて嘯く。周りからは異常者にしか思えない奴らと行動していたこともあって、僕に注目がいくことは殆どなかった。もっとも、どう思われているかは知らないけど僕は僕に対して異常者という定義をかけてもいい。
少なくとも、僕は特別と言われたことがあるのは事実だ。とある人から、大事な人から、嫌いな奴から、見たこともない人から。異口同音に言われる言葉には、けれど意味はない。本当に特別なものを、僕は知っている。体質のせいもあるから言われるだけなのだ、僕は。
「っわ」
急に、手が空を掻く。それは水泳の犬掻きよりも不器用なアンバランスで、故意的なことじゃない。空へと映りかけた視線がそのまま固定されたのに気づく。後ろにすっ転びそうになった身体を支える手が背中にあった。
僕は間近にある柏の顔に、合わさる視線に、僕は飲み込まれるように見つめた。黒耀の輝きを持つ瞳は吸い込まれそうなほどに深い、闇色。彼は視線を剥がすように、ぎこちない動きで顔を逸らした。背にある手が押し返すのに合わせて僕は身体を起こす。
「示崎……何度目だ?」
柏に声をかけられる。詰るような口調だが、彼は生来の無口であるから、こんな風に気にかけてもらえるとは、昨日今日の間柄では進歩と呼べるだろう。いやはや、友情が深まっていくのが手に取るように分かるとはこんなことをいうのか。僕が深めたいのは友情ではないのだけれど、と思考の脱線。
「さあ、何度目だろう?――とりあえず、ありがとう」
「どういたしまして」
道中、何度となく僕は柏に助けられている。些細な事から、大きなことまで。
電柱にぶつかりそうになったり、人にぶつかりそうになったり、階段を踏み外したり、車の前に飛び出そうになったり、人にぶつかったり、変な人に声をかけられたり、迷子になりそうになったり、物を踏んづけてこけそうになったり……今では完全護衛体制。常に人に注意され、手を引っ張られ、支えられ。集団で行動するのに僕一人がこんな目にあるのだから、僕の不運体質はとんでもなく悪質だ。無愛想でツンデレな気質である柏さえも隣を陣取って手を貸してくれる程。今も躓いて倒れる前に支えられた。感謝してもしきれないとはこういうことだ。とりあえず、その責任は僕の体質にあって僕の不注意ではないと主張したい。だが、そんな親切な人たちとは真逆に僕の注意をあえて逸らすように話し続けるのがアヤカでもある。この事態を気にしない彼女はすごい。
「あー示崎よ、留学ってどこ行ってたんだ?」
そんな僕とアヤカの会話に寿々原が助け舟を出す、がその質問は鬼門だった。
「……人の行き着くところ、かな」
「は?」
「よくわかんないところだったから、説明しにくいな。中退してきたしね」
「そ、そうか」
知られてもいいけれど、質問攻めされるに決まっているから、と言葉を不明瞭に。あまり、昔のことを思い出したくない。知られてもいい過去だけれど、辛いことがあったわけじゃないけれど、その二年間に意味があったとは思わないから。――何も変わらないまま、僕は戻ってきた。