二章-29
【並々 そそがれる杯 涙の雫は告知 悲しみ 未だ癒えず】
「リスタ」
聖堂に声は響いた。
ギィイ――と古めかしい音を立てて聖堂の扉は開かれる。中央を眺めていた僕は紡ぐ。
「これは神像――ジェミニの四神の本来の姿だ。ナヴィアとフェノーバはルッツとレティス、二人を取り込み、世界の真実を知ったんだ」
世界の残酷さ。世界の歪み。思い知った神。
振り返り、来訪者――ヴィオを見た。視線が交錯する。
ヴィオは一人だった。仲間と来るように含めておいたはずなのに。
「――バジリスク、ユグドラシル、ニケ、そしてリアル」
ヴィオは、居場所がたくさんある。ロキが消え、ジェネスが去り、イーリアが眠っても、それでも彼は、日々を生きてきた。
「一人で来たの?何故?みんな、ともに真実を知りたがっているじゃないか。僕は連れてきていいと、言ったはずだけれど。真実を知る覚悟があるなら、誰でも」
(君はロキと同じ?)
――あんなに共に過ごしてきたのに、ロキはヴィオを本当の意味で仲間だと思っていなかった。利用するために近づき、利用するにたる、便利な“駒”だと……欠かせない、けれど“駒”だと思っていたんだ。
「……俺の仲間は、たくさんいる。けど、これは俺の問題だから。俺が一人で来なきゃいけないと思ったから」
「周りはそうは思わないよ。頼られてない、って思うだろうね。何故なら彼らもまた、傷を負う者――同じものを追っているから」
一人で背負う必要はないのに、それでも君はそうするのだろう。誰かのために。
「君を心配する人も仲間だと言ってくれる人もいなかった?どれも朽ちてしまったと君は思っているようだけれど、どれもまだ生きている場所」
僕にも、ロキにも、もうない居場所が、けれどヴィオにはある。再び迎え入れてくれた場所が、仲間だといってくれる人たちがいる。
「お前は――仲間じゃないのか」
その問いかけに弾ける様に顔を上げた。
信じられなかった。僕を、
(――リスタを仲間だと?)
「俺の仲間は、共に歩む仲間は、おまえだよリスタ」
(そんな馬鹿な)
「いくつも嘘をついて、隠して、何にも教えてくれないけどな」
(ありえない)
「それでもお前はいつでも俺の仲間だったよ、リスタ」
(信じられるわけがないじゃないかっ!)
笑いがこみあげてくる。
「裏切り者のフォックスである僕が?仲間に?――君は馬鹿かッ!」
また、裏切られるだけだ。信じて、裏切られて――そして繰り返す。
「裏切ったって、何をだよ」
「何って――」
間に合わなかったこと。行われる暴挙を止められなかったこと。嘘をついていたこと。何も教えなかったこと。突然いなくなったこと。――いくらでもある。いくらでもあるからこそ、何一つ裏切ったといわないヴィオに絶句する。
「フォックスは、いつもそんなばっかだよな。――俺は裏切ったとか思ってないから。お前の行動にはいつも理由がある。意図的にやったことじゃないだろう。悪意あってじゃない」
ぐらり、と地面が揺れたような気がした。見つめられる瞳が痛い。
(なんで、そんなに……)
真っ直ぐな視線に怖いくらい見つめられて、引き込まれそうな魅力を感じる。変哲もない黒い瞳が今は強い意思によって彩られ、人を篭絡させようとするかのように魔的なものが混じっていた。
(何でそんなに真っ直ぐ、信じられるんだよ君は――)
「でも、変われよ」
「お前はリスタだ。ここにいるのは、フォックスじゃない、リスタだろ」
リスタ――そうだ、フォックスとの区別をつけるために、僕は新たに僕を作り上げた。数か月、けれどその間ずっと僕はリスタでいた。フォックスでなく、リスタで。
「リスタがフォックスである必要、ないだろ」
(ああ、これだからヴィオは――好きなんだ)
僕を僕と認めてくれる。
「フォックスを背負って立て、リスタ」
(――もう一度会いたい)
その願いは、いけないことだったのか。再会を願う事の何がいけないのか。
けれど僕は出会ってしまった。知ってしまった。
ロキとジェネシス、両方で希望と絶望を与え、そして闇の深遠へ、真実の淵に落とした。
僕には信じられない。かつての仲間は、僕らが利用した彼は、それだけのことがあってなお、前を向いていた。未来を信じられる事を。挫けて、絶望して、立ち止まったまま動けなくなっても、それでも未来を信じられる、その強さを知った。
ヴィオは自分の意志で立ち上がった。彼は選んだ、世界に刃向かう選択を。たった一人、悲しみに彩られても立ち上がって、足掻き続けているんだ、今も。
(――ねぇ、ヴィオは凄いね。君の言ったとおりだ)
だから、こんなに駄目な僕でも、自分というものをやめてしまった僕でも、それでも彼の為に何かが出来ないかと、そう思ってしまう。