二章-28
「おはよう、柏」
「はよ、示崎。――って大丈夫か!?」
僕は柏に答える余裕もなく、ただ唖然と前を、目の前で起きたことと自らの足元を見つめてぼんやりと考える。
「ああ、なんてことだ。――新品なのに」
机に手をついた途端、崩れた。ありえない、机の脚がである。螺子が緩んでいたのか、全部がバラバラに解体状態。呆然としすぎて次の行動にも動けず、そのまま立ち続ける。
そんな状況に出勤する寿々原・来住ともども、言葉を掛けられる。
「今日も朝から人一倍大変だな」
「不運、ご苦労様です」
それを言うならご愁傷様だろう、と寿々原に諭される来住。
「一限は体育だな、着替えようぜ」
「そうだね。柏の生着替えが見れる時間だ」
来住の言葉に爽やかに応じて柏に目を向ける。さらにはシャツに手を掛けたがその肌を見る前に手がペチッと払われた。
「見るなよ。示崎はさっさと教室を出ろ」
「見学だよ?球技だから」
僕の不運体質が起こす騒動は学校側も周知のことだ。背後に静の影響が強いのだが、特に体育の授業は何が起こるか予想がつかないということで免除されている。
「出ればいいじゃないか。何が起きても」
「――そうだね」
「朝からマジ疲れた。さっさと昼くお」
「だな。ひとりでにボールが示崎に集まるのは見てて面白かったが」
僕の参加した体育の授業、それは恐ろしいことにボールが飛び交った。。なぜバスケの時間でバスケ・テニス・サッカーとボールが集中して僕を狙ってこなければならないのか。それどころか跳び箱が倒れてきたりハードルが本来とは違う場所にあったり、二次被害が続出、保健室は満員御礼状態。グラフにしたらインフレも眼じゃない山上がりを記入しただろう。
「人間またたび・ボール版の称号を上げようぞ」
「ネームセンスなさすぎ……」
持参したお昼を広げながら会話する。
「あ」
「……なんだ?」
「欲しいな、それ。いい?」
「そっちをくれるなら」
「――なんか、見ちゃいけないものを見た気分だ」
昼食時間にぽつりと落ちる、来住の声。教室の騒がしい雰囲気にすぐ紛れ込んだけれど、拾い上げた柏の機嫌が悪くなる。いや、ばつが悪そうな顔というべきか。少なくとも、昼食の時間、弁当を食べる最中の顔としてはよくない。嫌な気分では食事を美味しいとは思えない。
「いいよなぁ、手製弁当。俺も彼女に作ってもらえたら!」
「夕食の残りだ」
「同じく自作」
手抜き宣言には激しく同意。弁当を作るのは手間だが食費の節約になるからいい。問題は味に飽きることだ。少量を作るにしても、一人前の調節というのは難しく、三回ほどは同じ食事になる。それほど食に煩い性格でもないのだが、こればっかりは気分が下がる。
「器用だな、二人とも」
感心した風な寿々原に気を取られた一瞬の隙をついてそれは行われた。
「両方美味い!彼女に作ってもらえそうな奴らばっかり、何故に料理上手?」
「まったく……。菓子パンのくせに人の取るなよ、減るだろ」
手掴みだから手が汚れるのに気にしない、自由人は満足気な顔をしていて、しかたないのでティッシュを渡す。サンキュ、といって後のゴミを渡そうとするので、それは拒絶した。本当、調子が良い。
「いいじゃん。柏は示崎にもらえば。というか交換したら」
「そういえば、たまに弁当だよね。彼女?」
「皮肉かよ。兄貴。今、兄貴の一人暮らしに居候中だから」
「お兄さん?いたの」
「義理だけど。あと、姉貴とちびっ子が男女の大家族」
「……一人っ子に思えるもんなぁ、来住は」
それどういう意味、と言って来住は不機嫌に黙り込んだ。
ここ何か月かで定型化した、代わり映えのない日。――放課後にはジェミニでエリアに繰り出し、レベル上げをして、人と会話し、そしてMISSINGの動向を探る。また、抜け道を探す。夜にはパラドックスの集会に出て、街を巡回し、OVERと遭遇すれば倒す。何事も無かったかのように、あの会話自体、なかったものとして、平然と。
けれど、現実は変わらない軸の上で、――変わってゆく。約束の日。ヴィオは必ず来る。
人はいつだって真実を求める。きっと、僕と柏の関係も変わる。変わらざるを得ない。