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Distorted  作者: ロースト
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二章-27



 頭上の蒼さが赤味を加えられて紫になった。群青に黒を溶かしたような空が闇の黒に支配されるまではもう、そんなに時間も無い。街には点々と暗闇を照らす装飾が主張を始めていて、人々は足早に家へと帰る。

「柏、きちんと示崎を送り届けろよ。今日もあんなことがあったんだし……運、悪すぎだ」

 来住が僕ではなく、柏に向かって注意を運がすのに不思議と心が暖かくなった。

 隣の工事現場にあったクレーン車の暴走による壁の崩壊などの事故が発生し、デパート側からの避難勧告に流された。人波に飲まれて外に出てしまったが、僕と柏を探していたという。携帯はこんな時には役にたたない。けれど、人の混雑の中に突っ込めば今度は自分たちも逸れてしまう。そんなわけで、近くのカフェで人が減るのを待っていたらしい。連絡を受けて僕と柏が着いた時にはドリンクバーを全種制覇していた。寿々原に至ってはコーヒーに投入しているらしいミルクのゴミが小山を成している。

「そうだな。示崎なら工事現場が隣にあるだけで命の危機に早代わりだな」

 話に乗って来るのはいつも通り寿々原、というわけでなく柏。それには若干の含みがあるようで、イタタタタと心が痛む。

「そんな心配しなくても――」

「「お前が気にしろ!」」

 言いかけた反論を最後まで言うこともできずに二人に押さえ込まれる。

 けれど、言うほどでもない。命の危険になったとしても、今までそれに生き残ってきたのだ。不運をのみならず悪運も相当あるに違いない。いや、幸運も味方につけている、というのか。

「あー示崎、柏がかわいそうだ」

「あ、ははは。そう、かな」

 三人目の同意者の存在に乾いた笑いが出る。――柏が可哀想だ。

 それは、本当に。僕に付き合わなくちゃいけない柏には酷なことをしている。



(向かう先は何処だろう)

 迷いのない足取で僕らは星々の灯りの元を歩く。

「ねえ柏。この世界を、美しいと思わない?」

 前に進める足を止め、頭上に広がる空でさえも抱きしめようと、両手を空に向けて広げて笑った。振り返った先の柏の顔は見えなかった。その瞳は煌く輝きに向けられていたから。そして僕も空だけを見つめ続ける。

 満天の星空は美しい。朝日の昇る瞬間も、夕日が沈む景色も、海の七色の輝きも、生命の息づく地面の片隅も、……どれもが些細な事で、けれど重要な“日常”、そして平和だ。そんな世界を、満たされた現在を、美しいと思う。ジェミニの世界は美しいけれど、それはどこまで言っても現実を参考にした作り物でしかない。

(感動はこんな世界だからこそ、感じるのだろう)

 ジェミニの美しい世界ならば、この美しさの一つ一つに感動し魅入ることもなかったろう。そこには常にあるからだ。失われることのない恒常的な美しさはこの醜く汚れた世界に埋もれてしまった輝きの儚さを持ちえない。掛け替えのないもの故の訴えかける力強さが違う。――満点の夜空は美しい。そして、そんな美しさを持つこの世界もまた美しい。

 醜く、汚く、けれど繊細で汚れやすい。そして脆く崩れ去りやすくもある。そんな世界を美しいと思う。

「僕はね、それでもこの世界が好きじゃないんだ」

 どんなに世界が美しくても、そこにあるべきものがないなら、僕には色褪せて見える。

 この世界は僕には何一つ、意味のないものに思える。意味がない。――心はただ一つを求め続ける。あるべき筈の存在があるように、強く願っている。

「僕は……示崎 晩を拒絶したこの世界を、好きになることはできないよ」

 半身を根こそぎ奪われた苦痛は、他の誰にも理解できないに違いない。

 そうだ、僕の大切なもの。晩は僕にとって、一番大切な要素。生きる上で欠かせない存在。だって、半身だ。大切じゃないわけ、ない。晩がいるから、――生きてられた。

 見っとも無く、生に付いている。ただ一つの目的のために。そのために“私”は邪魔だった。必要がなかった。だから捨てた。今あるのは“晩”という存在。仮初の、けれど確かな存在。晩に救われた。晩が少しでも“私”を気にしていなかったなら、今は生きていなかっただろう。存在意義を見出せた。そこに生きている事を認めてくれたのは、晩が初めてだった。

「お前は、何を考えている?」

 言われて、振り返った。眉をしかめた、硬い表情のままの問いかけに苦笑する。

(――永遠のヒーロー)

 お姫様を助ける騎士。お姫様を目覚めさせた王子様。いつでもみんなの憧れの的のヒーロー。お姫様になりたかったわけじゃない。ただ、そんなすごい人の隣にいられた。姉という立場をくれた。家族として認めてくれた。……そのことが、とても嬉しかったのだ。

 誰にも必要とされず、誰からも嫌われていた杏を、必要としてくれた“唯一”。

 晩という存在が、大きすぎて、眩しすぎて。

(――君が必要なんだ、この世界に)

「――それで、“お前は”幸せなのか?」

 僕はそれに答えなかった。――幸せ、なんて最初から望んでいなかった。

 僕にはそれほどの価値もない。僕に意味があるのは僕を必要としてくれる人物が、僕を大切だと思ってくれる人物がいる時だけ。――弟の存在は、それだけで僕の存在を肯定するものだ。だから、晩のいない世界で杏には一欠けらの価値もない。

「ここでは、これ以上話せない。安全ではないからね」

 だから、

「【並々 そそがれる杯 涙の雫は告知 悲しみ 未だ癒えず】――明日、君を待っている」


「真実に、真理の扉に近付く意志があるなら、僕が教えよう」

 君が望むなら、すべてを開示する。もう、歯車は止まらない。ならば、僕が隠し続ける意味もない。

「僕は導く者。だから、今度こそすべてを話すよ。扉を開く鍵は、君自身だ」

 ヴィオ自身が道を、選択肢を選び取る



「……変わらないよな。明日もまた、何も――」


 不安そうな言葉に、……けれど僕は曖昧に笑うだけに留めた。

 理由はないし、何かがあるわけでもない。けれど、未来の約束が出来るほど、僕はこの世界に希望が持てない。

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