二章-24
「ロキは体が弱かった。でも頭がよかった。だから、架火と一緒に“ジェミニを作った”」
伝説のプレイヤー・ロキ。その強さは誰も比肩することがない、孤高。その優しさと寛大さ、仲間を思う心はその強さをより確固とした。誰もが手を貸したくなる存在だった。誰もが憧れた。完璧な、勇者。完璧な英雄。みんなのヒーロー。
そんな彼が、けれど本当は命を儚む、幼い少年だったことを、誰も知らない。
「もともとジェミニは障害者用の治療を目的に作られた。それを現在ではゲームだ経済だ、で別物になってしまっているけどね。目的は果たしたって感じかな」
けれど、目的は達成されていないから、だからジェミニは今なおその目的に向かい稼働し続ける。――主が、創造主が望む限り、それは動き続ける。
「ねぇ、柏は、ヴィオは僕のせいだと思う?僕が一緒にいたから、僕が不幸を呼んだと思う?――大正解。僕がロキを、弟を殺したんだ」
「――――っ!」
「それでね、今は僕がロキだ。アイツを語って、アイツの居場所にいる。示崎晩はアイツの名前だよ。僕は杏。姉の――示崎杏」
当然の結果だった。病院で安静にしていなければならない架火と晩。その二人がゲームを作るということ。それはまさに命を削る行為。――生きるために、命を削るなんて、なんて矛盾だろう。
成り代わりは、案外上手くいった。あってないような僕の人生は、輝かしくも些細な幸福を望んで小さく蹲っていた晩と、あらゆる意味で正対称。だから、示崎晩という人物が死んだ時、示崎杏は戸籍すら残らず亡くなり、私だった僕は示崎晩という人物になった。示崎杏ははなからいなかった存在。生なんて、今も過去もなく、誰でもない、何者でもなくなった僕は、未来の人生を晩に結合させた。
「君はだから、無駄なことを……」
言葉は、痛いほどの抱擁に途切れた。柏の胸にきつく抱き込まれて。
「わかったから。俺、わかったから。――だから、自分を責めることだけはするなッ!」
身体を伝わる震えに、僕は胸が痛む。許容する心に、僕は君を利用しているだけだと、そう叫びたい。騙しているだけなのだと。けれど、言えなかった。きっと、言ってもしょうがない。どれだけ騙されて、どれだけ傷つけられようと、柏はきっと立ち上がる。
闇は光に焦がれる。だからだろうか、柏の強さに僕は憧れる。ロキの欲した強さだ。それはすべてを変える光。再び出会うために、走り抜けるようにここにきた。
(けど人間は弱い)
きっと、人がそれぞれ背負うものは他の誰かが肩代わりできるようなものではない。自重だけで押しつぶされそうな彼には、預けたくない。何より、僕のために何かをするほどの余裕は彼にはなく、また僕にその地位はない。――それは彼女のものだ。
心で泣いている彼は身体を小さく、震わせ、縋るように腕で僕の身体をきつく拘束する。
(……好きだなぁ、やっぱり)
僕が一番欲しくない言葉を、けれど当然のように僕に押し付けるから。だから、僕はその言葉を受け止めざるを得ない。責めるとか責めないとかじゃなくて、事実なのに。責任が僕にあるのに。なのに、何も知らない柏の言葉の強さに、まっすぐさに、僕は言葉を拒絶できない。――優しすぎるのだ。
――好きな子でもないのに、そんなに優しくしないで、と思って、でも口にするほど強くもいられなくて。依存するような関係性に、泣きたくなった。でも、――君のすべてを壊した。彼女の心を壊した。世界を今また、壊そうとしている。
(僕が、奪ったんだよ?)
柏が好きなのはフォックスでも杏でも、僕でもない。その心にいるのはまったく別の、眠る少女。病院で、静かに吐息を漏らし続ける彼女なのだ。彼女のために、柏はジェミニを続ける。彼女を眠りから覚ます王子様になろうとしている。
失ったものを取り戻す、そう言って望むのは彼女がいた空間。彼女と過ごした時。……僕が、口を挟めることじゃない。
望むのは、失ったものを取り戻したいと望むのは同じでも、決定的な違い。結果こそ同じでも意味合いは別。彼の優しさに、勝手に期待しそうになる心を静めた。
「誰も恨んじゃいない。誰も非難したりしない。だから、一人で何でもやろうとするなっ!俺が、一緒にいるから、だから――」