二章-22
「あー面白かった。またやりたいな!」
元気の溢れる来往はジョインのレベルが上がった為かホクホク顔を見せているが、それとは逆に寿々原は疲労困憊の様相でゲッソリとしていた。まぁ、僕も心境的にはそちらに近い。
調子に乗ってエリアのレベルを高くしてしまったが為に僕の不運が抜群に発揮、出るはずのない高レベルモンスターの発生やら産卵期のモンスターに出くわして赤ん坊とはいえ大量のモンスターに追いかけられ、眠っているモンスターの尻尾を踏んで怒りに触れちゃったり、いつのまにか迷っていたり、落とし穴やらものが頭上から落下してくるやら、でたらめに珍事が乱舞していた。後半はほぼ逃げるしかない状況だったのだが、それでも経験値を稼ぐいい機会だ、とヴィオが乗り気で、、ジョインもレベルが足りないのに戦う気満々で、いろいろギリギリだった。
「ロストは勘弁だけど」
「運次第、だね」
「一人ものすごく運の悪い奴がいるぞ」
それは僕のことか。聞かずと知れた事けど。天運だから変わりようがない。
(――もし、この不運がなければ、あるいは)
考えても仕方ない、可能性だけの世界を僕は夢想する。
意味なんてない。過ぎ去ってしまった過去に思いを馳せても変わることはない。けれど、僕の人生は変わっていた。こんな現在にはならなかっただろう。
今が大切だ。過去も欠かせない、思い出。けれど、夢想が示す選択肢。消えてしまった、選べたはずの世界――後悔はする。僕が生まれなかったら、僕がこんな体質でなければ、僕が“あんなこと”言わなければ――。
「示崎?気分でも悪いのか」
「……いや、なんでもないよ」
ジェミニの影響だろうか、こんな思考に陥るのは。ジェミニが精神に脳にかける負担は大小問わず常にある。普段からフィードバックを体験する身としては先ほどのことぐらい子猫のジャブよりももっと軽い。肉体にも影響しない。
(僕は、呪われている)
ジェミニでさえ、僕の不運を修正できない。これは呪いでしかない。
(昔、言われたな)
遠い記憶の果て、初めて晩を見た時。呪いを晩に移すな、と両親から言われたのだ。
「よし、次の目的地はペットショップだ!俺らには“はな”が足りない。いや、容姿だけ見ればあるんだけど、癒しは必要だと思う」
花なら花屋じゃないのか。なぜペットショップ。いや、嫌いじゃないけど。懐かれたら最高だけど。
「さあ、行くぞ」
力んで歩いてゆく来住に呆れたような寿々原。それに続こうとして、僕は、――身体が傾ぐ。腕を引っ張られ勝手に身体は背後へと下がる。
え、と疑問が沸くよりも前に視界を覆うものがあった。
「――っ?」
背に、腕が回っている感触がある。僕より少し背が高くて、でも男としては細身の、
「示崎」
「柏……っ?」
近い声に、思わず身体が震えた。直接耳に落ちてくるような言葉だ。
目前を暗くするのは服だ。今日、柏が着ていた服。少し早いリズムで鼓動を繰り返す心臓の音が聞こえる。
(――僕は今、柏に抱きしめられている?)
それは予感だ。柏に抱きしめられて、嬉しいはずなのに、それでも僕は――一瞬で身体を駆け巡る緊張。血がさっと引く。震えは感動よりも寒気へ、指先が凍ったように力が入らない。けれど、そのことで冷静な僕が出来上がる。
「フォックス――って、知ってるか」
(……ああ)
崩れ落ちる。僕の、唯一心の平穏を保っていた部分が、壊れてゆく。
とうとう、聞かれてしまった。あれは勘違いではなかった。柏はあの時、見てしまったのだ。僕に、“フォックス”の影を。
「 」
口は音を作らなかった。
嘘は、昔から得意なはずだ。ずっと、何もかもを隠して生きてきた。
僕が嘘をつかない日は無かった。隠して、騙して、偽って。それでようやく生きてきた。
嘘は僕の一部。嘘をつくことに躊躇いはない。柏に対しても嘘をつける。隠し続けられる。偽っていられる。――嘘がつけなくなれば、偽りだらけの嘘の塊である僕は、僕でなくなってしまう。
(僕は誰?僕は何者?僕はどうやって生きてきた?――嘘だ。すべて、嘘なのだ)
僕は人を利用して生きることに慣れてしまった。感覚が麻痺している。それでも、心が痛むのは本当に大切な人だからか。
僕は――嘘をつけなかった。
真実を口にする勇気もなく、けれど嘘を吐くことはできなかった。
心が拒み、身体が拒み、僕は嘘を出せなかった。“フォックス”って狐の英名だよね、とでも軽口をはけばよかったのに、――僕は自分で首を絞める。
「柏は、僕に、なんて答えて欲しい?」
僕は、腕で柏から距離を取り、皮肉に口を歪めた。自嘲だったのかもしれない。自らへの蔑みも含んでいた。でも、わからない。自分の顔は、自分で見れないから、
(――柏は真実を知ったら、どう思う?。そして僕を、どう思う?)
「知って、いるんだな」
確信の響きでの問いかけは、扉に到達した者にだけ与えられる真実の追及だ。