二章-21
「あーびっくりした」
土煙で視界が覆われる中、糸を操作して手の動きだけで敵を刻む。コホッと咳が出る。しかも砂か何かが入ったのか、目に沁みる。実際、これはいらない再現じゃないか?
「~~~ッ!それはこっちの台詞だ!」
何故か激昂するヴィオに首を傾げた。一瞬、ヴィオの呼びかけた名が、以前の僕を思い出させた。いや、聞き間違えだ。ヴィオはリスタとフォックスの関連に気づいていない。
「何だ、どうやって回避したんだ?見えなかったぞ」
逸るように詰め寄って聞いてくるジョイン。敵はきちんと自分で倒してほしい。じゃないといつまでたってもレベルが上がらないぞ、なんて心の中だけで思う。僕だって経験値はほしいから、敵を倒すのは好都合。なんて思考だけで脱線中。んーどう、答えるか。
「回避、出来てないよ。装備の自動防御が発動したんだ」
確かに僕自身、回避できず身を刺し貫かれるかと思ったが、装備中の“代行くん”が自動発動し、僕の代わりに攻撃を受けてくれた。めちゃくちゃ高級品なので高い労働費だが。
もしこれが普段アクセスしている精神を直接繋ぐ方の、地下端末からの接続ジェミニであれば、ショック死していたかもしれない。まさに九死に一生。代行くんも最後のストックであったのでギリギリセーフだ。――財布的に危機に陥ってしまったが。
技師に知り合いがいれば安く譲ってくれるのだが、どうにも僕の周囲は傭兵ばかりが多く研究者肌が少ない。類は友を呼ぶって言うし、これから先も余り望めないかもしれない。完全に無いもの強請りだった。
「これは僕の職業専用装備“代行くん”。能力はすごいけど超高級な消耗品なのです」
腰に結ばれていた小さな人形を引っ張り出す。それは人型になっているだけの、表情も衣服もない人形である。装備者の意によって発動時に姿を変えるための無地だ。
代行くんは装備者の危機を前に攻撃を引き受けてくれる。装備者のレベルに合わせてある程度の攻撃までは耐えるので、消耗品なのに一度きりの使い捨てではないところが利点。人形なので傀儡にして遠隔操作することもでき、攻撃の情報を読み取るということが不可欠な僕には非常に都合の良い装備である。街で買えるために入手難易度は低くてもとてつもなく高価な為にそう易々と手の出せるものではない。なんたって、現実だと一個何十万。……とまあ、そんな説明をしながら“代行くん”を地に放り投げる。素直に降り立った彼を、糸でちょちょいと覆い隠し、巨大な繭を作った後、解く。
「はい、出来上がり。ヴィオくん二号です」
糸の解けた隙間から出てきたのはヴィオに似せた等身大人形代行くん。四肢に張り付けた糸で操って彼にぺこりとお辞儀をさせる。
「うわおもしれぇ!」
「あんなこともこんなことも何でもできるよ」
高評価に調子に乗って動かせば「おおー」と拍手をするジョイン。ヴィオが自らの分身の暴走を抑えようと鬼気迫り、それをレイスが取り押さえる。代行くんのヴィオは僕に操られ、動く。くるくると、くるくると。
(平和と、幸せを同時に望むことは贅沢なのかな)
平和とはどうやったら訪れるだろう。MISSINGやOVERと闘わなくてすむ世界?何かに脅かされない世界?煩わされない世界?それとも、不幸のない世界だろうか。
幸せは個人の感覚でしかなくて、それでも人は幸せを願う生き物で。
僕が望む世界は幸せだろうか。僕が望んだ後の世界は平和だろうか。
(――ねぇ、ロキ。なぜ、ヴィオだったの?)
なぜ、彼なのだろうか。なぜ、彼に望むのか。その願いは彼のすべてを壊してしまうとしっていて、何故彼に望むの?
『ヴィオは――すごいな』
いつだったか、どんな時だったかも朧な、会話。ただ、ひとことだけが心の奥に残っていた。僕は流してしまったけれど、きっと、それが、それだけがロキの真実。
『きっと、俺が友人と呼べるのは、唯一あいつだけなんだ』
ヴィオとジョインとレイス。彼らが笑うのを見ながら、僕は僕に問いかける。
今、僕は笑えているのだろうか。今この瞬間がとても愛しく、壊し難い大切なものだと自覚するから、だからなお問う。そして再認識する。
僕はかつて仲間と共に過ごした時間が愛おしい。皆が笑いあえていた、あの頃が。どちらの世界も大切で、どちらの世界にも生が溢れていた、あの頃を僕は取り戻したい。
――だから、僕は壊すだろう。だから、壊れてしまうだろう。僕の不運は望むと望まざると変わらず、周囲に負を撒き散らす。それもそう遠くない内に。