二章-20
「――示崎、なのか?」
呆然とした声で問いかけられて、その名はジェミニの中で木魂した。
驚きと戸惑いと不審、それと僅かばかりの喜色が混じる、ヴィオの姿――柏。受け入れて欲しくて、でも無理じゃないかと希望と絶望に苛まれながら僕は首肯する。
「そう、僕がリスタだよ、ヴィオ」
まさか、こんなところで、こんな状況で知られるとは思っていなかったけれど。
「驚いた。おまえがリスタとは」
明るい、とぼけたような声。けれどどこか硬い。表情も硬い笑みを浮べる。
はっきり言って、ヴィオとリスタは今、ぎくしゃくとしていた。フェノーバに会った後からだ。ルッツに続き、レティスまでもが神に出会い、倒された。ルッツの事件があった後はユグドラシルのホームで少し、話をした。あのナヴィアについて。けれど、ほかの何も話してはいない。なぜ、そんなことを知っているのか、お前は何者なのか、いったいどうしてこんなことをするのか。――詰問されると思った。だが、ヴィオは沈黙し、それまでと同じく接した。
(それなのに、僕は裏切ってしまったんだね)
ルッツだけじゃない、レティスのことも、僕が“何か”をやったせいで、意識不明者となってしまった。聞きたいことを問うことなく、信用で返してくれていたのに、僕はヴィオを裏切り、繰り返した。なんてヒドイ奴。――そう思っても、何も変わらない。
(僕は今、どんな表情をしている?)
嘘をつくのは慣れている。けれど、僕は今、不安に塗れている。ヴィオの瞳を見つめた。
「なに?二人ゲーム中でも知り合いだったの?」
来住――ジョインと寿々原――レイスの疑問に、僕はヴィオから視線を外して苦笑した。
「そう。僕は途中で気づいたけれど」
だって、ご法度でしょ?ゲームにリアルを持ち込むのは。なんて嘯く。
――本当は、最初から、知っていて接触した。随分と滑稽な話だ。アイツに再び会うため、そして彼女を取り戻すために、僕はヴィオに、柏に会った。それに、ゲームがリアルに浸食する中で言っても詮無いこと。だって、僕の目的は仮想と現実の境を失くすことなんだ。そのために、僕は僕でいる。
けれど、利用するために、ここまで来たというのに、僕は未だ柏に嫌われる事を恐れている。本当に、何事もなければ、ただの友達で、いられたのに。
――胸を焦がす想いはいったいどこから来るのか。
思考が渦巻いては消す。停滞を望む僕に思考はいらない。自然と握っていた手を開く。
「二人のレベルがすげぇ……」
パーティになったことで仲間内のレベルは公開される。簡単なプロフィールだ。役に職に名に所属ギルド等々。必要情報として提示される。
「いやいや、そうでもないよ?僕はこっちに戻ってきてから再登録したしね」
「俺は約三年間だ。でも一度バグったからな、それほどじゃない」
柏は運動神経が良いので、さくさく要領よくレベルが上がる。その熱意もあって時間をかけた分だけの実力が伴っている。
「一ヶ月でこれだけ上がるリスタも凄いが、バグってから再度ここまで上げるなんて根性あるな、ヴィオ」
感心したように言うレイス。けれど、どこかに遠慮のような、深く入り込みすぎないための配慮が窺えた。ジョインもそれを敏感に感じたようで、話題を変えてくる。
「ところで、もうすぐテストだけど余裕ある奴いる?」
けれど、遊んでる最中に学校関係の質問はないと思う。
その後、エリアにて起こったこと。ただ歩いていただけなのに、隠された敵の巣窟を当ててしまった。突如、地面から敵が出現する。
「相変わらずの遭遇率だな」
ヴィオの呆れた言葉が耳に痛い。地味に、響く。そして状況も地味に緊迫していた。
しかし、考えてみれば僕に先頭を任せた三人が悪いんじゃないだろうか。少なくともヴィオは、この不運属性で知り合うことになったのだ、考えてみればわかるだろう。もちろん、ボスの乱立する場所に出てしまうとは僕含め誰も考えつかない非常事態だけれど。
ジョインとレイスはそれほどレベルが高くなく、今回の遠征はそのレベルを合わせて僕には若干低く、ヴィオには余裕のレベルという、完全にお遊び気分のエリア選択だった。そのために事なきに得た、といっても過言でないだろう。戦闘中に考えることではないが。
敵の攻撃により空中に巨大な剣が出現する。落下型範囲魔法だ。予測降下位置は、僕の頭上から一直線。一撃を浴びれば即死間違いなしの大打撃攻撃は僕の体を真っ二つに割ってみせるつもりのようだ。避けられもしない攻撃に僕は余裕の心構えで、衝撃を最小限に留める動きもせず、空を、剣を見あげていた。
「ッ!フォ――」
状況に気づいたヴィオの声が叫んで、防御するよりも前に微笑む。「だいじょうぶ」と口パクで伝える。瞬きの間もなく、落ちた攻撃に地面から空間、大気までもが震えた。