二章-17
「何も変わらなくていいんだ。他人に期待しては意味がないから。だから、僕が祈って信じるのは、神でなく僕と彼女の絆だけどね……」
歩みは遅々として進まず、不毛なる大地は虚妄の潰えさえ許さない。先はどこぞと問いつつ沈む足に、考えるは心の在処。黄金の大地はそうして僕らを迎え入れる。
「おい、お前ら……そんなに迷子になりたいのか」
「いえいえ」
少し先で立ち止まって待ち受けていたヴィオに、怒りの心情そのままに問いかけられる。威圧があって否定するしかない疑問なのだが、何故だか悪戯した子供を叱る親のようだ、と思い浮かんで小さく笑う。同じく怒られるレティスへと視線を移せば、首を横に振り否定を繰り返していた。端正な顔立ちに無表情ではとても反省しているようには思えず、けれどシュン、と顔を俯ける。
「でも、迷子にはなりませんよ。ここでは」
雰囲気を変えるように、一つだけ訂正して腕を肩の高さまで持ってきて進行方向のダンジョンを指差す。「なにせ、散々歩きましたし」と蜃気楼のせいで各方向に見えるダンジョンから一つを選ぶ。そのどれが現実のものかなど、間近でもない限り肉眼では判断がつかない。しかしヴィオはそれを黙殺するかのように、ただ僕の腕を押しやった。言わずもがな、進行方向の訂正をされた。
「……」
レティスと会った時に散々歩きつくしたはずなのだが。
――けれど、レティスは、一人でも辿り着けるだろう。なぜなら、彼は方向音痴なわけでも、不運特性でもない。ただ、彼が迷うのは、このエリアが、彼自身を迷わせるからだ。“ニケ”に入ってさえ、その進行方向は未だに決められないのだろう。
――目前で倒れた恋人を探し続ける嘆きの放浪は未だ続くばかりだ。
……僕も、迷ってばかりだ。
「さすがは火のエリア」
ダンジョンに着くにはついたが、暑い。疲労が嵩む。
黄金の砂は酷く美しい光景を見せるが、照り返しがきつい。
「脱ぎたいです」
「ぬ――っ!?」
やけにテンパってるヴィオを置いて、コートを脱ぐ。外では砂と陽避けにフードまで被っていた厚手のそれは防御力が高い代わりに、重く行動速度を落とす。そして決定的に僕の肌には合わなかった。カサカサする素材が肌に痛く、またその内側に通常装備があるため、非常に暑い。いや熱い。――何度体験しても砂漠は苦手だ。これで季節設定が秋だというのだ、“灼熱地獄”のワードがつく真夏設定のエリアよりかはマシだが相当に暑い。
半袖半ズボン、という年齢を考えるとどうにも悩みどころな格好はしかし、このエリアでは非常に効果的だった。幸い、以前よりも随分時間短縮が出来た為に体力はそれほど減っていない。回復薬を使うまでには至らないようだ。
「さ、行きましょう」
視線を明後日の方向へと向けるヴィオと、やけに固い表情でいるレティスを促し、僕はひんやりとする空気が流れる遺跡のダンジョンを進んだ。
砂地は生き難い。それはモンスターも植物も人も同じ。だからこのエリアは苦境に適すため砂に身を隠す習性を持つモンスターが多い。同色、同化。そしてそれハンターとしてはとても戦闘のしにくい環境でもある。だが、ダンジョンでは逆だ。身を隠すもののない場所で、外よりも容易にハンターは攻撃できる。自分らが一方的に的となる。結果、僕らは難なく攻略できた。
「ここが心臓だね」
しかし、僕の目的は攻略じゃない。心臓の破壊を終えれば帰るだけの場所に、けれど帰れないと僕はいう。遺跡を這い出た僕は、崩れかけた石畳にしゃがみ込む。
「何してるんだ?」
ヴィオの問いかけが若干硬いことに気づきつつ、僕は話半分に手元を探った。
「ここら辺にあったと――ああ。これです」
ガコン、と外れる石を退けて、僕は下がる。そして唄は流れる、水のようにしなやかに。
「祈りの果て 届かぬ夢はいつまでも 子どもたち(敗者)はそれでも眠り続け いつかを夢見て、祈り捧げ」
ズズン――という音ともにダンジョンの入口に砂地獄が突如発生。建物の崩落現象が、始まる。拡大する陥没の中、ソレは埋もれていた。ちょうど、引っぺがした石畳の真下に当たる。そこへ、天から降り注ぐように天井の砂が砂丘の中心に向かい、正確に落ちてゆく。――半ば埋もれた菱形の水晶石。その中身は黒いものが蠢く。
「おい、まさか――」
何も言わずとも、レティスは踏み出した。それに既視を覚えたのか、ヴィオは声をかけるが、けれど、僕は彼の背を押す言葉を選んだ。
「触って」
――悲劇は繰り返される。
そして、フェノーバは祈りの声を上げた。