二章-16
火属性エリア【黄昏色の 砂水一滴 夕焼け 誰が救わん 幻楼閣に見る】砂地・常秋。
時刻は夕暮れ時。夜に移るまでの刹那の時間をテーマにしたエリアだ。テーマ以外の時間帯は極端に短く、出現するモンスターの力は弱い。つまり、このエリアでは昼から夜に移り変わるごく短い時間帯が百倍、千倍と引き伸ばされ、放映されている。決まった時間から決まった時間まで、切り取られた時間のみが永久のように動く。緩やかに、現実の時間をも歪ませるような、時の概念から外れた空間だが、朝・昼・夕・夜の四つに分かれている。隣接した二つは強化されたモンスターが、そして離れた時間帯――この場合、朝――は比較的、弱体化したモンスターが出現する。夜になるまでもう時間はかからない。
「で、何でこうなるんだ?」
「遭難」
「迷子」
ヴィオに尋ねられ、僕とレティスは二人して一言に現状を表し、顔を見合わせ苦笑する。
僕とレティスの出会いはひどく単純。「あ」「あ」と出会って「じゃあね」「また」で終わった最初の会話から、数十分後もまた繰り返す。複数回の会話に同じ台詞。どうやら僕らは両方ともが当てもなくエリアを彷徨っているだけだったらしい。経緯も話さずにただ黙々と歩いていた関係は思えば思うほどに不思議だったが、それに何ら文句は無かった。沈黙が心地よく、空気は明るかった。――今更に、よくゲートまでたどり着けた、と思う。
果てしなく長かった道程とモンスターの出現率についての疑問はこれで解決した。
なんてことから、何度かエリアをともに遭難する仲に。そうして今日、ヴィオとのクエストを迎え、「あ、誘いたい人がいるんだけど」と切り出した結果。ヴィオの知り合いだったらしい。ニケのメンバーらしい。僕もニケに入ったんだが出会う機会はなかったらしい。
「――名も無き友よ」
厳かにいう彼に合わせて、僕は至って平然と言葉を返す。
「なんですか、名無しの旅人さん」
「名前教えて」
「リスタです」
「レティスです」
ノリが同じだった。凄い感動した。
隣のヴィオが脱力感に溜息を吐いたのを見ない振りして僕らはガッチリと手を繋ぐ。
片や無表情にやる気を漲らせて、片や嘘臭さが拭えない気色を浮かべて、ヴィオの手が重なるのを期待に満ちた目で待ってみた。
……待った。
…………待った。
「行くぞ」
背を向けゲートに向かうヴィオに置いていかれるのはごめんなので素早く手を解いた。向こうも同じ気持ちらしく足早に駆けつける。うん、ノリが同じだ。
と、現在砂漠を放浪中。ちなみに遭難中。はっきり迷子だ。だって、見渡す限りの砂地でダンジョンが見つからない。目印もなく、見えるのは蜃気楼。体力の消耗を気にせず僕はレティスに話しかける。
「レティスは信望者なんだね」
「そう。神に祈るのがライフワーク」
黄金色の長い髪を高く結い上げる彼はとても美しい、彫像でも見ているかのようだ。しかし、容姿にはまったく頓着していないらしい。砂地に起こる旋風は彼の髪を巻き上げ乱すが、ただ彼は前を見続けた。面白い髪型になっていることにいつ気づくか、と心配半分に思う。
「祈り続けて、それは叶った?」
僕の前を歩く背が止まった。レティスの背はそれほど高くない。しかし、僕ら三人の中では一番高い。それにも拘らず、風除けになる彼を先頭にしないのは方向音痴の質があるからだ。僕もそれは同じなのだが、彼の場合は向こう見ず。彼は地図を持たずに行動しては時間に間に合わないというもの。たとえば早朝から出かけて、道に迷った末に店は休業日、しかも家に戻れば鍵を忘れたことに気づき立ち往生する感じか。
僕の場合は地図を持っていっても途中でなくしてしまったり、まったく違う場所についたり、違う地図を持って行ったり、進むべき方向自体を失って途方に暮れる。
どちらも結果は同じなのに、まったく違う。だからそう、遭難と迷子の違いに近い。
「神様はいない、とはいわないけれど信じてどうにかなる存在じゃない」
彼の神への信仰心はどうなっているのだろう。それもまた、苦難遭難の果てにあるものなのか、それとも心の迷いの在り処を示す場所なのか。
「祈るだけで何が変わる?残酷な現実が硝子のように心に突き刺さるだけ。傷を作っていくだけ。蜘蛛の巣状の傷跡はいつかすべてを覆い、君を壊すよ。終わりはいつも唐突で、悉く奪っていく」
ジェネシスが、MISSIMGが奪った恋人に、彼は神に祈っただろうか。目前で倒れた恋人を、どんな想いで見つめたのか。
「すべての感情が飛び出してしまったら、ただ一つ残った欠片は、行く宛てのない想いは、何だった?」
「――それこそ、祈りだよ」
儚い、微笑みだった。今にも消えてしまいそうな、幻のように不安定な彼の心地を示す。