二章-15
「来ましたね……」
何より、結果を示さなければすべて言い訳でしかなく、時が嵩むだけ。自身への偽りでしかない。独り善がりの押し付け傲慢。だから、僕は結果を現実に引っ張り出す。
すぐに移動を開始した。向かう先は、物がなくて見晴らしのいい、拓けた場所。追ってくる気配があった。それは赤子が親を求めるにしては知的な、しかし極端に愚かな思考だ。
「少し退いていてください。今なら、僕の方が――なんとかできます」
ついて来たらしき人物たちへと言う。誰がいるかなどと確認はしていないが少数の、比較的動きやすい者たちだ。組織をまとめる立場にいる十二や海和はいないだろう。足止め、時間稼ぎのための手勢。しかし、それさえも僕には必要がなかった。
突き出した腕で、能力の範囲を指定する。志向性というものは何においても必要なものだ。だから指し示し、実際には意味のない腕を振る行為で成すという行為を明らかにする。
「串刺し――剣山」
一瞬、視界が赤に染まる。しかし幻影だ。幻痛までもが襲い掛かってくるのを、頭を振って追い出す。虚実に縋りつきそうになる自分が恨めしく、虚実自体をも鬱陶しいと思う。
空間を突き破るように槍が、剣が、武器が、己の刃を晒す。何もないはずの空中から突如湧き出たそれはOVERの身体を挟み込み、絡め取る。僕は安堵していた。残酷なほど、嫉妬心がある。彼らは僕に殺されて、僕に倒されて、幼子のような彼らは親の元へ向かうだろう。それが、とてつもなく羨ましい。僕は会いたい。彼らの親の下へいきたい。一刻も早く。ただ一人に、会いたいがための人生だ。
僕はその首を手折らんと欲し、距離を詰める。だから、それはただの油断。
「示崎!」
声が届いた時、僕の身に衝撃が走っていた。
首を失って身体を震わせるOVER。断末魔の叫びと共に振るわれた腕は途中で空気に霞んで消えた。だがその衝撃波が僕を地面から離した。後方へと一直線に飛ばす。久々に“痛み”のことを思った。
かつては、何も知らないでいた頃には感じていたはずのそれは、いつしか心に響かず、ただ肉体に作用する刺激となった。痛みは人一倍感じていたはずなのに、痛み自体が逃避となることを僕は知っている。
「――っ!」
吹き飛んだ身体は志浩を巻き込んで地面を何度も転がり、壁に激突して漸く停止した。
息を呑むのがすぐ傍に聞えた。志浩は僕に目を向け驚愕していた。志浩は適応の能力者だ。自身の状況を恣意的に操作、適応化する。その能力で壁への激突の衝撃を緩和したのだろう、外傷はなく、あっても打ち身だろう。実際、彼女に庇われた僕に傷はない。距離を保とうともがくが抱きしめられた身体は力を持たない。仕方なく僕は首を巡らす。OVERは消えていた。本当に、あれが最後だったようだ。
(――では何故、彼女はこれほどに硬直している?)
どうにも至近距離に他人の顔があることに慣れず、再度身動ぎする。そうして、気づく。
「……ああ。知らないフリ、してくださいね」
密着して悟るものがあれば、言葉にして悟るものもあるだろう。
――僕の身体は女だ。いや、その言葉は正確ではない。正しくは“僕は女”である。示崎杏の性別は肉体も精神も女性に分類される。だが、ここにいる僕は双子の弟・示崎晩。
戦いの後の熱した心を夜風に冷ましながら帰路を歩く。
電燈が一定の間隔で灯る道を辿る。
「未だ言えない。真実は眠りを望んだまま」
十二に詳しい説明を求められて答えた言葉だ。
組織にいる以上、その恣意に沿うべきであるとわかっている。だが、何も知らないというのならば、まだ知る時ではないか、まったく関係のない物事であるといこと。今は口にするべき時ではない。
MISSINGを作り出すのはロキ。解き放つのはニケ。封印するのはパラドックス。そしてヴィオは彼の道に沿い扉の鍵となり、僕は彼の道に沿い扉を開く。考えるべくもなく、役割分担だ。どちらにしろ、仮想も現実もすることは同じ。ただ、違うというならばそれは入口と出口。ニケは倒す事でジェミニから追放し、現実に侵食する。だが、パラドックスは倒す事で現実から除外しジェミニに送り返す。そして僕がジェミニでできる事とは、――経験値稼ぎ。レベル低いしね。
自分に言い聞かせる。駒を進めるのは僕らだけじゃない。僕だけじゃ足りない。だから成長を待つ。ヒントはあげられても手出しはできない。――何の不足もないように、最悪の事態を考えてでも、それに備える。その間にも犠牲者は増える。だが留めることはできない。彼が目覚めるまでにできることを精一杯やっておくくらいしか僕には出来ない。
最良で十全。だが、最善でなく最悪。そんな方法しか僕の取るべき道はない。
他に幾多の道があろうと、僕にはこの方法を選ぶ権利があり、これを選択する意義があり、この道を生きる使命であり、運命だ。僕は果てへ到達する義務がある。犯罪も罪悪も、歯牙にも掛けない。そんなことに気を煩わすことを自分に許さない。
「それが示崎晩であるための義務。僕が僕であるための免罪符」
それが僕。そしてそうあるがままに、――偽悪でも逆悪でもないけれど、害悪的最悪で、兇悪的最強な、最低なのだ。
「あいたい、なぁ……」
僕の王さまに。
僕の 一人になった夜道に言葉を残した。
やっとこさ、主人公の性別が明確に記述。まぁ、誰でもわかったようなものですが。
主人公の一人称視点なんで本人の描写がないということを利用して、僕っこ造成。
われながら、叙述トリックと呼ぶべきにも拙い。
けれど、未だ周囲の人でそれを知る人はいない……というか、指摘なんてしませんよねぇ。普通に遠慮とか配慮とかある人は。何らかの理由があるんだと、みんな思うはずですし。
学校は私服登校なので!そこらはスルー。そもそも、分身であるリスタが女の子だと、誰かさんは気づいていた(否定されてたじゃん)。――という回です。の巻。