二章-14
いつもの夜、いつもの巡回。その日、OVERが出た。
それは珍しいことではない。一週間に一度は出現する頻度を考えればそれは間違いなく順当で、しかし、二箇所同時という発生は確かに異例だった。両方ともに団体発生し、連絡が行き届いて片方は根絶するように駆逐。もう一方は、僕のみで無傷に駆除――それが、複数回続く。以前に比べて出現率は明らかなる異常にきたしている。不満も疑問も膨れ上がってゆく。だからだろうか、葛原の出した疑問は当然のように沈黙で迎えられた。
「本当に戦っていたのかよ」
「何――」
報告を上げる僕の横、呟いた言葉は静かに吸収される。
葛原の急な問いはもとからあった歪みに重さを加え、決定的な軋轢を生む。その軋む音が容易に聞き取れた。意識が他へと向いていたこともあり、反応が鈍くなった。真意が掴めない、意味深な言葉に反論する言葉が出ず、それは結果的に溝を更にのさばらせる。
「毎回毎回、無傷で帰ってきて――戦闘の痕跡がないんだ、戦闘自体があったのかすら証明できないだろ?戦ったなんて信じられるか。戦力差に開きがあるとしてもおかしい。裏切り者だからな、いつまた裏切ることか」
(――そうか、この雰囲気)
葛原が“天才”だ。
志浩ではなかった。そう、見せていただけだ。ジェミニで不審を告げた時、葛原は静かな雰囲気で会話の推移を見ていた。それは他者を介して僕を観察していたのだろう。それこそ、通常の雰囲気に隠されがちな葛原本来の資質というわけだ。
しかし、愚かなことを言う。
「ならばそんな配置にしなければいいだけじゃないですか。そもそも、僕からしたらあなたたちこそ毎回毎回、――おかしいですね。戦わないなんて逃げてるんじゃないですか?」
「な――そんなわけ……っ」
「出現率、遭遇率。それが圧倒的にも違いすぎる。毎回のように出くわす僕と、見かけることすらないあなたと――どっちが本当だろうか?」
逃げていないことは分かる。しかし、自分のことを棚上げして人を疑うのは、どうだろうものか。だからこれはただの挑発だ。ジェミニと僕の縁深さと僕自身が生来持つ異常なる遭遇率の併せによる結果でしかない。毎回OVERと遭遇する僕こそが異常なのだ。それを棚に上げているとしたら僕だ。ちょっと普通とは違う能力があるとはいえ、
「“普通の人間”に対して逃げるな、という方が酷いですかね」
今度こそ絶句した彼に、笑顔を向けた。嘲笑でも失笑でもない、純粋な作り物の表情。
今のこの現状は僕が特異でなく、異端であるからこそ起こった事象。そこにはどんな意味も関わりもなく、繋げられて繋がってしまった事実しかない。真実ですらない、事実。
「――OVERはジェミニから零れ落ちたもの。ジェミニに縁の深いものへ導かれる」
確かに直接の関係性や確証といえるほどの実痕はない。そこには僕の遭遇率の異常さもトラブル吸引体質とも言うべき生来の星の導きもあるだろう。
(――“彼等”は確実に僕を求めてやってきている)
生みの親を覚えているのだろうか。OVERを作り出した存在に深く繋がる僕にもまた親としての憧憬を抱えるか。彼らは親に感情をぶつける子ども。
OVERは生まれたばかりの何もわからない状態で、ただ親を探し、目的を探し、感情のままに動く。彼らもまた自身で制御しきれない感情に振り回されて喘いでいる。苦しむまま、救いを求めて彷徨い――僕のところにまで辿りつくのだろう。
双子は自らの分身に惹かれあう。魂の半身を求め合う。だから、示崎 晩――ロキの作り出した闇は僕を求める。
遠回り過ぎる心配の言葉は承知の上だ。
「大丈夫、心配なんてする必要もないでしょう。所詮――」
そう、所詮僕らは
「――データですから」
(それでいい。誰も、僕を知る必要はない)
僕にとってこの戦いは死ぬか生きるかだ。傷を負えば死ぬ。生きるのなら、傷を負うな。それがルールなのだから、生きている以上は正常であって無事。――本物の生死をかけたジェミニ。ゲームの延長線上に現実を持ち寄った僕だけの真実。
困惑気に揺れるその眼をみて、後悔が押し寄せたのはたぶん、情報を流しすぎたからだ。
罪悪など感じない。困惑に対する答えを示すこともしない。――信用できないのは僕の方だ。僕は、僕を信用できない。