二章-12
「あら、私たちお邪魔かしら?」
「お邪魔かしら?」
「お邪魔、でしょうか」
ギルドマスターのアンジェリカ、エトワール、シトラスという少年の三段重ねで尋ねられて見つめあった視線を互いにずらした。
邪魔かと聞かれれば、正直、他の誰にも聞かれたくない内容なので肯定するしかないのだが、言葉の色味が若干違うような気がして素直に頷けない。彼女たちは一様にデバガメ精神に喜色を浮べた表情なのだ、僕とヴィオの関係を変に訝しがっていることが察せた。それはヴィオも同じだったようで、肯否せず、話題の転換を試みる。
「シトラス、仕事は?」
「え、―――あああああの、えっとそのっ!」
ギクッと身を固めたシトラスはアワアワとし、口元を開閉させて、けれど何も言えない。
「責めないで。かわいそうよ、苦手なことを分かっていて一人に押し付けるなんて」
「それが変異士だろう」
フォローが即座に至極まともに否定されて、アンジェリカはシトラスへ優雅に謝った。
変異士は変身・変装を職とするロールである。シトラスの“仕事”とはその変装の術で人々から情報を集めることだった。しかし、人見知りの激しいシトラスには困難な内容で、ギルドに戻ってアンへと相談を深めている時、ちょうど僕らがギルドに入ってきたのだ。そしてマッタリとお茶タイムとなり、ヴィオが顔を出すに至ったわけである。
(あれ、僕が悪いのか?)
そんな会話の後、彼等は正式にはメンバーでない僕にギルドホームを明け渡した。扉が閉まる寸前「うふふふふ。また可愛い子が増えたですぅ」という言葉が聞こえ、思わずゾッとした。極めて近距離から変な悪寒が背に走る。
……気づかなかったことにした。
「さて、何から話そうか。答えられる範囲で、答えるよ」
偶然性はけれど必然だ。不本意な展開だけれど、そうあるべくして収まった結果だというのなら、これ以上は神に任せるしかないだろう。覚悟は、二年も前にしていた。
「アレは――なんだ」
端的な問いかけは詰問だ。けれど、僕は正確な答えを用意できない。
あの日を最後にルッツは消えた。現実の意識を喪い、本人は意識不明の昏睡状態にまで陥った。代わりに、数人の意識不明者が目覚める。……これが、事の顛末だ。
ダンジョンの心臓から抜け道を発見した僕らは、長く伸びた階段を下りた。僕らを待っていたのは菱形の水晶。どういう原理か、光を浴びるように石が浮いていた。何の支えもないまま微動せず、眠っているかのような状態だった。それを触れるように、僕はルッツへと促す。
それは実際には促すよりも早く、自らの意思であるかのように、彼は触れた。――その瞬間、僕らは隔絶された世界にいた。世界の時間が止まった中に、ルッツは取り残される。
呆然と、触れたままの形で固まってしまったルッツと、視界に映らないまま彼と僕らを隔絶する壁。ルッツの意識はその場を超え、ジェミニの最深部に囚われ、僕らは隔てられたのだ。――菱型の中に納められた、人の欲望の形。一つの感情に特化した化物MISSING。嘆くナヴィアの形を借りて、ルッツとコミュニケーションを図る。
「水晶の中の黒い生物。陰だけで構成されたかのようなそれは、ルッツの移し絵だよ」
「違う!そうじゃない、何でルッツがアレに――」
「“アレ”は情報だよ」
MISSINGはシステムから自立したAI。人になろうとした神の像。人間の感情を知りたがり、人間の心を求める放浪する化物。MISSINGは感情を求めることだけをインプットされて世界に投げ出された。その結果、ナヴィアの神域で、嘆きの心を持つルッツと同調した。ナヴィアとルッツが同調し共鳴しあったが故に、壁の中の化物は心の在り方をそのままに、ルッツの心の形、嘆きのナヴィアを象った。
(人は皆、心の内に化物を飼っている)
だが、自らの嘆きを否定し、化物の同意を拒絶したルッツは、戦った。ナヴィアを倒すことで己自身の弱さに打ち勝つ、それを選んだルッツはしかし、予定調和のレールの上、その理の上を歩む僕らは、ルッツは負けた。
「MISSINGはジェミニの中で作られた、他の何とも違わない」
モンスターも、キャラも、全部造り方は一緒。何千何万と繰り返される日常。そこから収集される幾通りものパターン、そして垣間見える思考。情報としてすべてがジェミニに集約されていく。集められたそれは人の行動原理を理解するために、圧倒的な情報量として集積される。成長する意識。“ジェミニ”がジェミニを基礎に作り上げた、情報体。MISSING――失った存在。迷子。探す者。余りにも皮肉が利いた名だ。
「ジェミニの四神を知ってるよね。あれはその一つ、ナヴィア」
彼等は感情を司る。ナヴィアの司るものは、“嘆き”。四つは離れ難く、乖離を許さない。――続く。事件は、続く。