二章-11
「お兄さん、大丈夫?」
カルティエッタと会った後、色々と行動や思考を迷わせた挙句にエリアからエリアへと抜け道を伝って渡ってきたその先で、彼女は話しかけてきた。ピンクの髪の少女だ。その様相は奇抜すぎてあまり係わり合いになりたくない。
このゲームは仮想空間とあって容姿を弄ることが出来る。まったくの別人になることはできないけれど、整形ぐらいには顔を変えることが出来る。髪色や瞳の色は制限なく、イメチェンのノリで色彩を変えることも出来る。つまりいつでもキャラクターロールを変えることが出来る。とにかく何が言いたいかというと――この少女はどピンクの露出系ロリータファッション少女なのだ。はっきり、引くぐらいに派手である。地味がスタイルの僕としては隣を歩くのは遠慮したい存在。
(……?最近、似たような事を思ったような記憶があるなぁ)
「迷子ですかぁ?こんなところでー」
「はい、とりあえずは」
目的もなく漂っていると言う面では。ここらの地理に詳しくないという面では。
ピンクの防具を被る少女――エトワールに連れられて、キツネな僕は森の中でもおばあさんの家でもなく、ヴィオのギルドホームに連れられて行ったらしい。
「あ」
「な――」
声は同時。けれど、反応としては真逆。僕は偶然の再会という驚きからすぐさま立ち直り、いつもを装って話しかける。
「やあ、ヴィオ。お邪魔してます」
「なんでお前っここに――」
「それはぁ、私が拾ってきたからですぅ」
つっかえながらのヴィオの抗議をエトワールが遮る 特殊な色合いの夢見がちな少女だが、“冒士”だと聞いてようやく納得した。冒士は別名、遊撃者。その役割は率先して戦闘に赴くことと、ジェミニ内の危険地区担当のプレイヤーであること。とにかく目立たなければ意味がない仕事なのだ、外見や色合いを派手にする必要性があるのだ。
「えっと、拾われました?」
とりあえず、言ってみる。それでここまで案内してくれたエトワールの所属ギルドに招待され、お茶を飲んでいたわけだが、ヴィオにばったり出会った。入口に突っ立ったまま、扉を塞ぐ様子に苦笑する。ギルドの他のメンバーは彼より先に来ていたので誰の邪魔をすることもないのだけれど。僕はそのままヴィオの反応を窺うが、当人は顔を手で覆って微動だにしない。そして漸く、搾り出したような声で、「アホか……」罵られました。
「ご、ごめん。ダメだったかな」
わりと本気で呆れられた声を出されて、動揺する。
ヴィオに、見捨てられたら――そんなことが思考の端を過ぎって、こんなことぐらいで、と思う心があるのに、心は絶望に彩られていくようだった。血の気が去り、意志が削ぎ落とされ、侵食していく闇。恐怖に囚われたように、思考は溶解し表情は凍結する。しかし、一瞬で落ちた闇は一瞬しか間が持たなかった。
「いーじゃない。フィールド端にいるってことはつまり、迷子か初心者か自殺者か――“同志”でしょ」
それは正しく鶴の一声だ。フォローに違いない。
だが、論旨以外も当て嵌まっている、つまり「迷子か初心者か……」の言葉が同時に的を射ているとは指摘しない。彼女も予想外だろうから。もっとも、ヴィオは気づいているのでフォローになっていないのだが、せっかくの彼女の好意にケチを付けるつもりは毛頭ないのだ。
「リスタは“抜け道”の探索者――違うかしら?」
彼女の言葉には曖昧な態度で肯定しておいた。
彼女――アンジェリカの職は治療士である。プレイヤーを相手にした職業であり、基本的には商人だ。しかし彼女の場合は違う。戦闘タイプではないが、冒険者だ。いや、冒険者に専属的に契約する、戦場に舞い降りた白衣の天使とでも言おうか。傷を癒す、という役割は街においても便利だが、その本領は戦闘時の体力回復・傷の治療である。もちろん、自身にも危険は迫るが、需要は高い。
「ジェミニの“追求”を目的としたこのギルドのメンバーとしては十分資格があるわね」
名も無名な小規模ギルドにしては広い家で中央に置かれた賓客用らしき上品なソファーにその肢体を横たわらせ、もう一人のメンバーである少年に給仕を受けていた彼女は漸くそこで身を起こした。
「ようこそ、ギルド・ユグドラシルへ」
歓迎は心地よい。沈黙も心地よい。しかし、追求は痛い。だからこそ、その温かい言葉に泣きたくなった。
けれど、そんな感傷に、ヴィオは浸らせてくれるつもりは毛頭ないようで、短く名を呼ばれて振り返って、目を逸らせなくなる。
「話が、ある」
「……うん、そうだね。僕も」
僕もできるだけ真摯に応じる。あれから、ナヴィアの覚醒から、僕らは会っていなかった。少なくとも、ジェミニでは。
リスタとヴィオが会ったのは、あれ以降、まったくといっていいほどになかった。それが偶然性か意図してか、正しく判断は出来ない。僕だからこそ、判断のしようがない。
あの日、ナヴィアに触れたルッツは、己を知った。