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Distorted  作者: ロースト
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一章-3

「それで、頼んでいた事はどうなんだ?」

 医学界に幅を利かせる有名企業・悠木。その悠木が着手した新事業、その集約結果が仮想現実体感ゲーム“ジェミニ”。ゲームは人体に悪影響がでないよう、医療面の配慮は必要不可欠。だが、医学界のみに傾倒していた悠木がゲームに進出するなど……といっていられたのはジェミニが発売する前の段階。

 神経系に電極を差し込むことで直接脳に働きかけ、仮想現実を体感させるという、大胆な発想は確かに医療世界の最高峰技術を誇る悠木にしか出ないものだったろう。かくしてジェミニは製作、人気は予想以上。しかも、架火は悠木家令嬢という立場以上に、ジェミニの製作者だ。彼女は世界中からその頭脳を狙われている。もっとも、彼女は脳に疾患を抱える、本来ならば病院に収容されるべき存在。この家から出るだけでも一苦労。

(だから拉致なんて、ねぇ?)

 悠木家の異常なまでの医学界進出の影にはこの少女がいる。悠木の玉石。成功を生み出す幸運少女。だが、架火は悠木が生み出した被害者――幼少期からの薬学実験により後天性脳疾患を抱えた少女なのだ。もちろん合意だけれど。今では付き添いがなければ日常生活さえ行えない。彼女も医療従事者、自らのことは知り尽くしている。

 だが、この生活を願った。かつては二人であった場所に一人、それでもここにいたいと。

 ならば僕はそれを全力でサポートする。それは彼女の周囲にいる全員の総意。人に幸福を与える少女が、自らを犠牲にして壊れてまで他人を尊重する彼女が唯一望んだ事。

「うん、だいじょうぶだよー。ばっちり完了」

「そう。……なら、いいや」

 架火の頭脳はずば抜けて天才だ。特に、パソコンを複数同時使用した、並列処理が圧倒的だ。それでいて心理・精神科学面に発達している。そんな彼女に帰国から二年ぶりに再会して真っ先に「頼みたいことがある」と切り出した。ついこの間までろくに連絡も取り合っていなかった間柄に、開口一番で頼み事をする自分に呆れもするけど。それを今日に至る三日間で完遂させたというのだからすごいと思う。あまり電子機器が得意でない僕には想像もできない領域で相当に高位技術だ。分野は違うと思うけれど。

 本当に本当、架火は天才が多かった留学先の僕の友人たちの中でも見かけないほどの、天才中の天才なのだ。僕はそれに関して架火以上に詳しい人物を知らない。

(人見知りだけど)

「学校は?」

「やめたよぉ?」

「……そう」

 一体、親の金を何だと思っているんだと言われること間違いなしの中退発言なのだが、実際には大学まで卒業済み。天才まっしぐらな架火はその歳が二桁にも上らないうちから数々の偉業を残し、義務教育の小中学校を大学との二重生活で追われていた。もっとも、脳に疾患があるので学業は免除されている。そもそも、僕のいない二年間の事を僕が何か言う資格はない。

「でも、晩がいるなら、いこうかな?ちかいんだよね」

「地元。知名高校。男女共学。制服がない他は特徴のない普通の学校みたいだ」

 特徴がない、とはよく言ったものだ。人によっては思い入れのある、または特別な場所であるかもしれないのに。例示は僕だ。“彼”に会うことが出来る“特別”な場所。

「ひとは?」

「いっぱい」

「そっか」

 素直に会話は終わる。話題を探す必要性のない沈黙が落ちて、すぐ跳ね返った。

「何か作るから着替えてこい。どうせ食事してないんだろ」


 架火の言葉に意味はない。含まれた意味など探すだけ無駄だ。天才のと話を流す。天才の思考は常人には考えもつかない。いや、僕は知りたくない。

 僕は架火が好きだ。大好きだ。臆面無くそういえる。けれど、逆に嫌いだとも堂々と言えるだろう。二律背反の思いはきっと誰だって抱えている。壊れた聖女以外は。彼女には闇さえも白で塗りつぶす強引さと純粋さがある。だから、僕は架火が疎ましい。羨ましく、眩しく、煩わしい。厭う。忌避する。距離を置いた方が互いのためだ。だから今ここにいる意味は約束のため。

 架火の小さな体躯が起き上がる。一八歳の僕より一つ年下でしかない架火の身長は一五〇㎝にも満たない。幼い顔立ちもあって電車もバスも遊園地も、素で子供料金のやつだ。

 架火の兄、悠木ゆうき しずかも頭が切れる。天才により近い秀才というやつだ。顔は似ていないけれど、ともに美形であるし、よく似た兄妹だと僕は思う。もっとも、架火と静が並べば犯罪に見えてしまうほどの身長差兄妹だ。架火の事情を鑑みずとも過保護な性質で、いつも隣にいられる暇な僕を嫌っているような気もする。たぶん。僕が苦手意識を持っていることもあってそう感じるのかもしれない。嫌いではないが、冗談や嘘の通じない相手は苦手だった。だが天敵ではない。


 特に変わりのない会話に、今日もまた変わらない日々が訪れたのだと知る。外で地震が起ころうと、火事が起ころうと、洪水が襲って来ようと、彼女はひとかけらも変わることなく同じように笑ってみせるだろう。彼女の心は笑う以外の動作を忘れてしまったのだから。――毎日、様子を見に来ては食事を用意し、寝付かせる。壊した彼女に対する僕の贖罪行為。彼女の求める“晩”であることが僕の望み。変わらない日々が続けばいい。変わらないことなど、何もないというのにそんなことを願い続けるのは馬鹿なのだろうか。


「じゃあな」

「うん、いってらっしゃい」

 それだけで終わる会話。それだけでこの世界は閉じる。

「……そうだ、出かけるなら見た目に気を使えよ」

「おうけぃおうけぃ。そのときはコーサーくんを呼ぶ」

 扉は閉まる。なんてこともない、軽い話。

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