二章-10
「顔、出すわ」
今度、と付け足した。けれど、彼女は多分、その後に否定が来る。
「でも、まだよ。もう少し経ってから」
「……いいけどね、何考えてるんだか」
ほらね。やっぱりだ。いつも、彼女はそうだ。長々と伸ばしている、というよりも彼女は彼女の中のものに従って生きている。彼女の中で、それをする時期には達していないのだろう。
「あなたに言われたくないわ」
確かに、僕にもそういう部分はある。けれど、それは切り出すタイミングを見計らって、けれど必要に応じてなのだ。話す時期ではなくとも、まだ早い、と思っても、知ってもらわなければいけないことならば、後に知られることならば、請われた時こそ、話すべきだ。逆に、請われなければ、僕は何も話さない。秘されるままに、誰かが秘すことを望んだままに、すべては闇の中となる。
「それと、調べていたことだけど、――情報料はいらないわ。確信が確定になるだけだし」
携帯を操作して情報屋カルティエッタの使用料を引き出そうとした僕を引き留める言葉。
「じゃぁ、やっぱり――」
「ええ、間違いない。ジェネスとロキは同一人物だわ」
ジェネシス。ギルド・ユグドラシルの主催者にして失踪者。
真実など、知らない者からしてみれば価値はない。周知こそが真実となってしまう世界で、それを求める者もまた、数少ない。神の解釈にしろそうだ。だから、ユグドラシルは作られた。知識と銘打たれえたギルド。真理を、ジェミニを追究する。
ロキの失踪により制裁を受けたヴィオが再びジェミニに足を踏み入れたのは、彼と会ったかららしい。だが、その彼もロキと同じく、ヴィオの前から消えた。ヴィオの前から大切なものを奪って――繰り返し。それはロキとジェネシスがヴィオに同じことを望むからだ。俺を追ってこい――そう、二人にして同一人物は語っている。
それだけじゃない。ジェネシス、彼の行動は裏でニケのメンバーを繋げている。神と同じ数だけの、ニケのメンバー。それは、ジェネシスの望む神の人柱候補。
「……ありがとう」
「どういたしまして。やったのは部下だし、育成になったし。あなたも調べさせたから」
さすが、「影なしのフォックス」と、からかい気味に言われて、嫌な気分になった。カルティエッタ含む情報屋でも足をつかせないほどの隠蔽ができているならば十全だ。リスタとフォックスの関連性は下手に知られては困る。けれど、いくら今の自分がリスタだからって、探られていい気はしない。ついでに、影なしの二つ名も嫌いだ。……自分の影が薄い、と言われているようで。その名は尻尾がつかめない、実態がわからない、ということからついたらしいのだが、積極的に痕跡を消したという訳ではないのにそう言われるというのはやはり、普段から印象が薄い、影が薄いと思われているからだろう。確かに、他のメンバーに比べれば僕の個性は埋没するようなものではあるけれど。それは周りが派手なだけで、僕自身に非はない。ただちょっと平凡で……いや、それが印象の薄い原因だ。
「じゃあね、フォックス」
背を向け、深紅の髪と長い緑衣を翻す彼女に、一つだけ、ボソリと別れの挨拶をする。
「……リスタだよ」
駆け抜ける姿は炎のように、揺らめき消えた。自由人に見える彼女は彼女の信念で行動している。そして、縛られている。彼女も、僕も、彼も、彼らも、皆がただ一人のその存在に縛られ、囚われている。だからこそ、僕も、僕のやるべきことへと、行動をし始めた。