二章-8
「ギルド名はパラドックス?まんまだな」
僕もアシュレイに激しく同意。“逆理”――ジェミニによって起こされる現象をジェミニによって解決しようとする意志。真理を求めた結果のジェミニを破滅へと導く存在。そんな意味を込め、けれど戯れに付けた名が、こんなところにも利用されるのは何だかむず痒い心地。なにげなく付けた名が利用されるのは、これで幾度目か。
ギルド・ユグドラシル。ギルド・ニケ。そして――ギルド・バジリスク。それは王者の名。瞬殺、毒蛇を表す。象徴である王の環の循環は生と死を司った。主催者ロキを例えて僕がつけた。生まれながらの強者にして、誰をも従える存在だった。ロキ――アイツと僕、そしてヴィオの三人で作り上げた。――かつては不敗と最強の名をほしいままにして伝説になった。だが、ロキがクエスト中に失踪、参加していたプレイヤーは僕とヴィオを残し全員意識不明という最悪の事態を引き起こした。二年前の事件。そして、ヴィオはそのことを起因に制裁行為を受けることになった。
「あなたは信用できない」
「そう。でも、だから何だっていうのかな、僕に関係ある?」
グランがヴェローナにギルドの説明をするのに注目するこの場所で、不意に囁くように言われたジェントの言葉は人によっては辛辣。でも僕は何の感慨も持たない。なんでもない風に返された言葉に敵意を向けた側のジェントがたじろいだ。
敵視されるのは慣れている。相手が躍起になり自壊するのを、僕は何もせず見ているだけだけだ。勝手に警戒し、勝手に突っ走る。僕に責任はない。僕に作用することなく周囲の世界が自動で狂って歪む。責任は僕でなく、個人。そしてそんな付属を僕に付けた世界が負うべきだ。僕の歪みは周囲までも巻き込み、自壊させる。すべての事態が僕の不運を前に歪み壊れてゆく。
ギルドの申請をしてグランとヴェローナは一度現実に戻った。
僕ら居残り組は現在、ホームタウンのパトロール中。だが、意味はない。アレらは街には出ない。感情に揺り動かされる習性がある。そのため命の最後の一輝き、生と死の間際つまりエリアに出現する生き物なのだ。もっとも、僕はそのことを告げてない。街にアレが現れるなら忽ち混乱に陥る。今現在そんなことはに話にも登らない為、街に出ないなど考えればわかること。また、OVERという名はジェミニ内では原則、使わない。基本的にジェミニから現実に侵食した存在のことを指すので。MISSINGについても詳しいことを話してない。前回の現出時にOVERとは違う生き物だという事はわかっただろうが、聞かなくていいのだろうか。情報提供することに否はないが説明するという手間が省ける為僕としては別にいいが。素人しないものに真実は扉を開かない、なんて。かっこつけすぎだろうか。
そんなわけで、「時間の無駄なんで、別行動してもいいですか」という僕の発言を彼女はに気に入らなかったようだ。なにやら勝手に険悪ムード突入である。
「しかし、信じられないですね。あなたみたいな人が無敵を飼い馴らしていたとは」
無敵、と聞いてそれが誰を指すのかを知る。NNM――不敗無敵のジン。天才の集うNNMでも注目を置かれた天才。マヤカシの勢力も持たな完全な個人主義の最強。そのため一般に存在が知られていない。最強というには余りにも地味すぎる、トラブルメーカー。そんなジンを知る一部に所属するジェント、いや志浩は何者か。予想がつくのは顔だけは広い僕の知らないNNM、最後の一人。
「よく、戦いをしない功労者と揶揄されたよ」
紛れもない皮肉だ。戦わない僕に、けれど口を挟む僕に、それは痛快なる悪口。功労者というほどの何かをしたわけでもない僕ができる事は、天才たちを纏めることと、口を出すこと。厳重に、守られていた記憶がある。ジンからは執拗なほど大事に、戦場から遠ざけられた。僕の意図を、NNMの活動の意味を、知りながらそうすることの何が“守っている”のか。それは肉体のみに作用することでしかないというのに。最前線で戦う必要があったにも拘らず。――僕は戦場に出たかった。それを分かっていて、阻止しようと動くのだからジンは性質が悪い。
「痕跡を残す事なき撃殺者、無傷の戦傷者とも聞いてますよ」
「的を射てない、というわけでもないけど」
(無傷の戦傷者とはまた、的確な……)
痕跡を残さないなんてプロでもない僕が出来るわけはなく、ただ痕跡を消える。もともと、そこには無かったはずの事象を引き寄せているのだから、時の経過によってなかったことにされてしまうだけ。僕はデータをデータで壊す。つまりジェミニで僕が受けた攻撃を現実に復元再生しているだけだ。敵を壊すことは、自分をも同じく壊すこと。自分に帰依してくるその幻痛はそれこそ現実のものと錯覚してしまいそうなものだ。現実にはない傷を、僕は受けることになる。