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Distorted  作者: ロースト
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二章-3

 キーボードを叩く音の連なりは乱れなく一定。その視線は画面に固定され、スクロールし続ける文字を追って稼動し続ける。架火は天才だ。その頭脳は世界中から喉から手が欲しいと表現されるもの。現代から一世紀分進んだ技術の塊であるジェミニの製作者でもある。だが、故に欠陥人間。その生い立ちから薬漬の少女。人体を知り尽くしたが故に欠損を抱える。僕はだから、架火の聞える方の耳に立ち、その視界に強引に腕を割り込ませる。

「んにゃっ!?」

 猫騙しに跳び上がるようにして反応した架火の頭に手を押し付け椅子に座らせた。落ち着かない頭を撫でて宥める。周りからは不思議そうな、いや、はっきりと「何やってんだ」というような胡乱な視線を浴び注目をされてしまったが、仕方ない。これがいつものことなのだ。うりうりうり。まさしく猫可愛がりだ。

「架火、授業は終わった。昼だよ」

「ん……まって、あと八〇秒」

 架火はフィニッシュに向けて更に速度を上げる。プログラム言語で埋め尽くされた画面が拘束で動く。それを追う架火は動体視力もいいのだろう。日本語でさえはっきりと文字を認識できない速度で切り替わっていく。機械ものが苦手な僕はもちろん、皆が何も言えなくなるほど理解からは遠く離れたものだ。パソコンの駆動音が静寂した教室内に響く。皆が僕たちの挙動を見るため停止したようだった。学校という衝動ありあまる青少年たちが集う場所の昼食時、実際は音なんて何処からでも聞こえていたのだけれど、そこに展開されるのは外部から隔絶された空間に違いなかった。

 タン!と軽い音がして、タッチが終わり、僕の前にはパソコンの画面が押し付けられる……って、「ぶつかるからやめろ」

「おわったよー。きょうのおしごとはおわりぃー」

 拳を突き上げる様は子供さながらとか感心するところじゃない。人の顔のある場所に向かってすることではない。というか、「学校は午後もあるんだが?」

 仕事が終わったというのだから、これ以上学校にいてはただ時間を無為に潰すだけだ。授業など聞く必要はない架火からすればすることがなくなり暇。僕の事情も考えずに騒ぐか、なにかするか。どちらにしても人様の迷惑だった。

「っしょ。……帰るのか?」

 丸い頭から手を離し、一息。細く小さな体躯に手を回し、持ち上げる。約束事――ひとりでは動かない。密室空間以外では何がきっかけでどうなるのかわからないので一人で行動しない、という約束は立つ事も歩く事も行えない動作として含んでいる。誓約だ。

「んにゃ?つまんないよ、ひととこうりゅーしてないよ!」

 否定が返る。けれど、だからといってどうするというのかはまったく考えてないらしい。目的は人との交流らしいが、誰とするつもりだろう。火星人か?宇宙人か?もしや、アレでクラスメイトと仲良くしたいだなんて言い出さないだろうな。とりあえず「了解」と返事して食堂に向かう。別に購買でも僕はいいのだけれど、あそこは広いから。

 その手には架火のちっちゃい手が握られている。この学校には“彼ら”に送ってもらったのだろう。僕がいない二年間に架火を支えていたらしき“騎士”。天才の名を冠し、また一般の社交性を持ち合わせない。僕と一番親交の深いコーサーくんは学生らしいので、違うと思われる。じゃないと学校遅れちゃうしね。サフさんかな、とアブノーマルな架火信望者を思い出す。彼女はスーパーウーマンという奴で、個人で取れるだけの資格や段をすべて取得している。彼女が圧倒的に変なのは、運転免許も秘書検も帝王学も問題ないのに万年家なし路上生活を送っていることだ。彼女には内心で就職しろ、とエールを送って前方の人物を見つけた僕の口はその形のまま発音する。

「あ」



「ごめん、柏。急に頼んじゃって」


「いや……」

 意図的に視線を外す柏を知りながら、僕は話を進める。

「架火。こっちは柏 糸闇。覚えて」

「しあん?」

 首を傾げる架火に下の名前で覚えさせる。苗字は呼べない。

「そう。信用していいよ。信頼さえしてもいい」

 そこまで言えば架火は眼を輝かせた。興味が湧いた身体を乗り出して柏を見つめる。過剰な反応に柏は明らかに引いているのだけれど、それには気づかないふりをした。

 僕が離れればすぐさま質問攻めが始まるだろう。通常とは逆、転校生からの質問である。内容は多分、他愛もないことで脈絡もないことで、些細な疑問で意味はないのだろう。

「じゃあ、少しよろしく」

 僕は食堂、そのおばさんたちの働く場所へと向かう。架火は認めた人のできたて料理以外は食べようとしない。それは昔の障害だ。僕もまぁ、学校で食事を作ることになるとは思っても見なかった。


 少し、僕は残酷だと思った。あの二人が、名前を呼び合うことに、知り合うことに。食堂への道すがら、彼を見つけたのは偶然か?僕は柏に架火に触れるなと言った。過干渉しない彼には余計な言葉だけれど、そう言えばきっと積極的に会話する事さえ避けるだろうと思ったからだ。トラブル回避の思考。そうすれば二人を結び付ける事柄が今ここで明かされることはないだろう。二人を繋ぐ者は、今ここにいない。

 二年前、架火はヴィオを壊した。悪意で持って為し、ヴィオは、柏は傷を持った。――壊してしまった者と壊されてしまった者と壊した者。互いに知らない者なのに傷つけあう事は出来る。僕は架火と柏に仲良くなってもらって欲しいと思うのに、嘘をつき、偽りの関係で、彼らを接触させる。僕は架火を大事にして罪を罪と知らせない。僕は柏に何も誰にも教えないで道を示し続ける。僕はアイツを望んで――それは罪。

 掌の上にいると知らない彼らはどれほど愚かなことか。滑稽なことか。けれど僕はもっと惨めなのだろう。操られて望みのままに望んで。誰に何を言われても、抵抗も出来ず諦めもせず、切望し、けれどすべてを捨て去ったのは、徒労とは思わない。


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