一章-28
「事前の情報と現在の情報、そしてその間も別の部分から同じく情報を得ている。だから自分は事実を知っている――そう、勘違いするわけか」
苦りきった声で理解を示す十二に頷く。
「はい、その通りです。複数の情報によって現実と認識しているわけですから情報量や他の情報によって認識できる現実は左右するというわけです」
比較するならすべてを同じにしなければならないのに、人は欠陥だらけだから、他の部分で補う。そしてそれで矛盾を解決するのだ。そしてそれを間違いだとは考えもしない。
視覚に始まり嗅覚、触覚、聴覚、味覚。体積、密度、重さ。それが在る事で生じる変化のすべてを変化させることで、“在る”ということを揺るぎ無いものに変えてゆく。
――その結果が、僕の能力。
それによって、僕はジェミニの中で起きた事象を現実に適応させた。――つまり、空から武器を振り下ろし、的確に衣服を貫いてコンクリートに縫い止めた。
「現実化するのに、情報を処理する能力が現実にはない。足りない。だから、ゲームの中でそれを補い、行う」
無から有に起す事、そのためには現実世界は余りにも足りない。それをジェミニは補う。現実の再現こそが本筋の利用法。だが、ジェミニを利用するのだからジェミニのある場所で接続・設定など本来は必要な手順がある。それを僕は行う必要がないのはやはり、僕の特殊性。アイツと繋がっているから、アイツがジェミニにいる限り、僕はジェミニを利用する権限があるのだ。それはただロールで得た技能を披露するのとは違う。そんなものは一般人でも出来る。ジェミニを介してのみ、発生する能力。
特殊能力を生まれながらに持つ、彼らパラドックスとはまた違う存在。僕は特殊だ。だから、こんな荒事にも慣れているし、僕の人生で起こる事がありえないことなどそれこそありえない事象。殺人もテロも誘拐も、結婚も死体も葬式も、ジャックも立て篭もりも擦り付けも、異世界だってあるというのならば起こり得る可能性未来。本当ならば、パラドックスはこんな人生を歩まなかった。有意義に?人知れず?批難され差別され?それは実際には起こらなかった。だが、命がけで戦いを存在する必要もまた、僕という歪みの運命に巻き込まれなければ起こらなかった現象。人の枠内にいる彼らが人の枠内から外れる力を使うなんて特殊すぎる生活だ。それでも、彼らは今ここにいる。僕の歪みに巻き込まれずとも、いつかは揃っていたかもしれない、普通なら知り合うこともない関係性。
「それが僕――絶対不可侵の能力“干渉立体”」
フッと笑った。苦笑なのか、自嘲なのか、自分でもわからない。けれどそれは多分、心から出た。――なんと、情けないことだろう。干渉者・阻害者・調停者・取得者の四冠を取得しても、結局僕はジェミニに頼っているだけの存在。笑わせる。鑑賞に意味はないが僕を良く現している。世界に干渉する者。OVERの阻害者。仮想と現実の調停者。現象の取得者。――同時に、僕は世界に干渉される者。OVERに阻害される者。ゲームとリアルの間に立たされる者。すべてを奪取された者。
「何、それ?」
思考に沈んだ意識が怪訝な声に呼び起こされる。
「本来は立体能力としかいいようがないものですよ。他は後から付け足されたものです」
その後から付け足されたもの、に対しての評価が大きすぎる。その事を自覚しているからこそ、苦笑してしまった。大きな力に対する代償は大きい。僕の能力は扱うには制約が多すぎて、強大すぎて、どうにも使いにくい。僕には過ぎた力だ。そして、過大評価でもある。僕は万能じゃない。――それこそ、“示崎晩”であったら、その力を余すことなく扱えていただろうか。
「極一部のものにしか知られていない情報を当たり前のように話す。それは自身が情報の主体だから成せること。考えればわかることだったな」
コツ、と一つの足音を鳴らして存在を示す。いつの間に、と思わないでもなかったがそのことに意味はなかった。最初から、部屋を出ていなかったのかもしれない、と気づいたからだ。書類を抱えて連絡を取り合う姿に先ほどのように席を外したと思っただけだ。意図的に視界から姿を消し、気配を隠していたのだろうけれど。他の者たちも惨状の事後処理が終わったのか、扉が開いてぱらぱらと入ってくる。ここは会議室ではなく、待機所だ。通常ならばこのまま自由解散か休憩に入るのだが、その様子はとても寛ぐものではない。彼らも僕の話に興味があるようだ。葛原などあからさま過ぎて対応に疲れてくる。しかし、まあ話すべき事は変わらない。
「確かに、僕が名付けましたよ、OVERもMISSINGもパラドックスも。けれどそれに何か意味がありますか?名づけは親の責務でない。創造主は別にいる」
そしてその人物がすべての現況であり、僕の、大切な人。僕の目的はアイツの解放――それだけ。
「現実はジェミニによって支配されようとしている」
示崎晩――それは示崎杏の弟。
ねえ、死んだはずのあなたがどうしてこんなことをするのか、私には分からないよ。世界を壊そうとして、それに友だちを巻き込んでいる。彼を、辛い目に合わせている。
……私は、また、彼女を壊してしまう。今度は本当に、壊しつくしてしまう。
ねえ、それには彼も壊してしまうんだよ。私は、壊すだけの存在だから。だから、――その前に。
“僕”は会わなければならない。もう一度、君に。
一章、終了です。
短く区切っていたのでずいぶん長くなってしまいました。
次回予告。
二章 女神の運命、聖女に罰を与えん
架火――それは孤独に孤高にして、そして寂しがりの少女。彼女を守るため、僕はいまここにいる……。