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Distorted  作者: ロースト
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一章-27

「説明をしてもらうぞ」

 両腕を後ろ手に拘束され、頭を垂れた状態で十二の前に引き出された。それはまるで、王に引気づり出された罪人。王を弑したという罪人という位置が実際の僕だろうか。この場での上級者は十二だが、王ではない。それどころか彼は絶対的な忠臣だろう。人を従える器も、実力も、風格も充分に兼ね備えている。しかし、“王”の資質とは根本で違う。

「説明も何も……暗示に近い、ですね。正確には暗示に偽情報を追加して現実としての論証としてしまう――悪いような言い方ですけど、でっち上げですね」

 そこにある、と仮定することで脳に存在を理解させる。その次に、その要素を現実として変化。人の認識で支配される視界に存在を認識させ、無いものを有るようにする。

「嘘をついて誤解させる。第三者から一者の認識を脳に誤認させる暗示はれっきとした技術ですけどね、実際に医療なんかではプラシーボ効果やら何やらで採用されていますから」

「そんな事って……」

 言葉が続かない海和に僕は拘束を解いて、畳み掛けるように紡ぐ。

「海和さん、お風呂場には林檎なんてあるはずないですよね」

「え、ええ。そうね。食べ物だから持ってくことも普通はしないわ」

 突然の質問に戸惑う様子はわかったが気にせずに続けた。

「じゃあ、目を瞑っている時に果物の豊潤な匂いがしたとしてもお風呂には林檎があるわけないですよね」

「石鹸の香りか何かでしょうね」

 女性ならばお風呂に香りをブレンドしたりアロマを持っていったりとするから、果物の香りはオーソドックスだろう。それほど非現実的でもない。だが、

「じゃあ、目を開いた場所に林檎に似た形のものがありました。そしたらどうします?」



「多分、手に取るわ。何故そこにそんなものがあるのかもわからないしね」

 海和は想像力が豊かなのだろう、実際にその情景を思い浮かべているかのように怪訝な顔をしている。本物の林檎など、お風呂場にあるはずがない。

「手にはしっかりとした固い感触と完熟そうに柔らかい感触が返ってきた。次は食べてみようか。甘くて林檎の味がした。さぁ、赤くて丸い林檎っぽいものは何だろう」

「林檎でしょう?形も見た目も、感触も味も林檎。匂いも同じなんでしょう?」

 林檎の味がしたら林檎、というのは単純なのか、味が決め手になったのかはわからない。けれど、言えることは一つ。

「お風呂場には林檎なんてないはずでしょ?」

「でも、あるんでしょう、そこに。違うの?」

「違いますよ。それは林檎じゃない。林檎っぽいだけの偽物」

 最初から林檎に似たものと言っているのに林檎のはずがない。似ているだけの別物だ。

「お風呂で目を瞑って、丸くて赤いものが見えた。林檎の匂いがした。丸いものはかたくてしっかりとした感触で、齧れば甘かった。それだけですよ。赤くて丸いものが甘いとも林檎の匂いがするとも、僕は言ってない」

「そんなの嘘じゃない!詭弁だわ」

「林檎っぽいものがより一層林檎に思えるように言葉を誘導しただけ。複数の情報によって混乱が起きたんですよ」

 子供の癇癪起こす様を思い起こさせる怒り方に僕は平常と同じく言葉を返す。


 もっと端的にいえば林檎に似た形のものが目の前にあるだけで、手に取ったのは別のものかもしれない。その感触がしっかりとした固さと完熟に柔らかいだけで、別の果物かもしれない。味は林檎の味がしたというけれど、プリンに醤油をかけてウニを食べているような気分の日本人では頼りない。赤くて丸い林檎っぽいものが最初の林檎っぽいものと同じかどうかも分からない。

「丸くて赤いものが子供の骸骨でも、血に塗りたくられてても、それは赤くて丸いものには変わらない」

「骸骨って……そっちの方が不自然よ!あるはずないじゃない、お風呂場に!」

 反論するのはよく理解できる。こんなもはただの言葉遊びでしかない。しかし、それに引っかかるということは同時に騙されていることに変わりない。もう一つの例を挙げる。

「場所はどこでもいいし、骸骨じゃなくてもいいけれど。……じゃあ、目を瞑ってる時に林檎の匂いがして――」

「そんなに林檎好きなのか?」

「例えです、単に。――離れた場所に林檎が置かれているのを見たとします。シルクハットを被って黒いコートを着た男が『私はマジシャンだ、今君に嗅がせた林檎を一瞬で目前に移動させたぞ。さぁ、トリックを見破れるならそうしてくれ』と言ったとします」

「随分な話ね」

 間に入ったチャチャを簡単に流して完成させた即興に対する評価は酷だ。しかし、

「トリックは何だろう、と考えるのはもう騙されてるんですよ」


「……え?」


「自分の嗅いだ匂いが本当に林檎だったのか。離れた場所にあるのは本当に林檎か。男は別に林檎を持っているんじゃないか。男のほかに協力者がいたのではないか。……ね?トリックの方に頭がいって確証もないのにそれ以前の言葉は素直に肯定してる」

 ――マジックで一瞬にして林檎を移動させたということは疑うのに、男がそれ以前に嘘をついていないと、何故信じられるのか。

「目の前の道に明かりがついていた。隣の電気がついていない。もう一度前を見る。やはり明かりがついている。でも、隣の電気がついていなかった一瞬は本当に電気がついていたのだろうか?――自分は電気によって視界が照らされている。視界が暗くならなかったのだから電気も始終付いていたのだろう。隣の電気だけが付いていなかった」

 存在確立の操作。仮初めの世界から現実に情報を持ち出し具現化具象化する。もしもを現実とする能力と言い換えてもいいだろう。二次元から三次元へと移行するのに必要なのは情報。その圧倒的な量の違いこそが二から三へと移る架け橋。そしてそれを実行するのにもう一つ足りないもの――ジェミニという演算機関。


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