一章-24
ザスッと音を立てて鋭い刃が深雪に埋まる。辺りに黒い斑が広がった。血だ。ジェミニの生物はみな一概に黒血なのだ。人間でさえも例外はない。――それはまるで、彼らがすべて紙上のインクのような存在だと思わせる。
「アカウントがおかしくないか?……さすがに疲れ果てた」
ルッツは一人、肩で息をして抗議する。何せ、リスタは後衛、ヴィオは後方指示。前衛のルッツは人一倍戦闘をこなしている。雑用のように扱き使われているともいうけど。経験値が欲しいのでヴィオも戦闘に参加するが、積極的に攻撃するわけでなく、ルッツが敵をひきつけている間に弱ったところを確実に仕留めるスタイルだ。
いつもどおり、僕のアカウントの高さが遺憾なく発揮されていて、それはもう戦闘尽くし。数キロも歩かない内に次から次へ敵に遭遇する。その上、放浪型モンスターが何かを嗅ぎ付けたようにわらわらと寄り集まってくる。ルッツは息も絶え絶えな様子で、哀れみを感じたが、「勝手に寝てろ」とヴィオは冷たく言い放つ。
しかし、こうして休憩を合間に挟んでいるとはいえ、かれこれ現実で一時間、こっちでは三時間の経過だ。ゲーム進行上もモンスター出現量・イベント終了時刻ともに終盤。今までの経験からすると、好機と思うのか邪魔する意図か、休憩のときを狙って敵は現われる。そのことを考えると移動していた方がまだマシと僕は判断する、僕はだけれど。
――異常性。ルッツはこの事態に頭を悩ませているだろう。ヴィオはリスタと複数クエストをしているから経験的に知っている。リスタの不運属性から現実の僕を繋げて考える事を彼はしているだろうか。 いや、時間の問題か。
「――仕方ないな。リスタ、できるか?」
ヴィオは頭の回転が速い。最初に石柱を潰した時から考え付いていただろう。その上で、留めていた、ダンジョンへたどり着くのに最も単純な方法。巨大迷路の中心へ至る道は何も道なりに進むだけじゃない。ないなら、作ってしまえばいい。
「どうなっても責任はとらない、と言っておくからね。離れて」
――――シュンッ!
糸を走らせる。前方の壁へと突き刺し、その硬度と厚み、そして壁の向こう側を調べ、また向こう側の壁を調べる。そうして繋ぐ糸を断ち切れる分厚さまで伸ばしきると、一気に引いた。
ガラガラガラ――ッ!
ただのグラフィックでない、現実と同じに感触があり、壊れもするジェミニだからこその、乱暴で強引な方法。壁の破壊。本来は弁償ものだが、ここは生憎と戦闘用に誂えられた場。モンスターが徘徊し、プレイヤーが獲物を狩る。戦闘被害は第一に考慮されている。
構造を破壊された壁は貫通した糸が抜けると同時に人が数人通れるほどの大きさの穴を開けて崩れ落ちる。
「しっかし何で早くこういう手を使わないんだ?」
ルッツの言葉にヴィオは答えることもなく、“何を当然なことを”と視線だけで示す。
「け、経験値稼ぎですか……」
ルッツは若干怖気づくようにヴィオと僕の後ろを着いてきている。今も、ヴィオの視線に対して弱気だ。
「それもあるがな、リスタの武器は消耗品だ。戦闘以外では使用を控えたほうがいいのは当たり前だろう。それにこれだけのことだ、音を聞きつけてモンスターが集まる」
実際問題、そんな悠長にはいられない。糸を引きぬく作業が必要なこの技はリスタの腕力では長い距離転用ができず、塔までは幾度か同じ動作をしなければならない。だが、緻密な操作を必要とするので戦闘中に使用するのは無謀。ここからは戦闘しながら壁を一つ一つ破壊してゆくしかない。
「……オレハ、ジェミニヲナメテイタカモシレナイ」
走りながら乾いた笑いを浮べるルッツにヴィオは真剣が受け取るのを背後に聞く。
「お前でもって今までの五年を否定するほどにこの不運は凄いか」
「不運ですまされるのか……?呪われた装備とかないよな!?」
「強いていえば僕自身ですね」
全力疾走のまま糸の操作をしながら会話に入り込む。ただし、僕らの後ろにくっついてくる黒い集団、もといモンスターの雄叫びが会話に振りかざされるスパイス。
モンスターを背後に塔内部に入り込む。中に入れない彼らをその場で狩りつくし、僕らはダンジョンに臨む。円錐型の塔に部屋は存在しなかった。中央に螺旋階段が降りている。最も攻略しやすいタイプだ。ある意味最難関でもある。一本道は引き返せず、階上から降る敵・空飛ぶ敵・途上の敵を必殺しなければ進めない、集中攻撃間違いなしのダンジョン。
ハンター側に飛行能力を持つ者が一人でもいるならば最奥の広間まで逃亡するのが最易。だが飛行を持っているヴィオがそれを何事もないかのように階段を上るのは言わずと知れる、戦闘狂の性質からだ。そしてこの場所、心臓を戴く祈りの間を開くに至った。
両開きの扉を必要以上に大きく内側へと押し込む。その先、キラキラと光の粒子が舞う、“心臓”があった。本来ならば、これでこのエリアの心臓である石を破壊して終わりだ。――しかし、
「この神殿は――ナヴィアが嘆きを届けた場所」
「リスタ?」
疑問は意に介さなかった。中央の柱に括りつけられる石灰石の彫刻心臓の裏に回る。柱の下には細かく古代文字が刻まれていた。僕はそのことを知っていたかのように行動をし――いや、僕は知っている。それは僕であって僕でない記憶。リスタでも僕でもない、アイツの記憶の混入。僕は今、アイツに操られている。僕はその唄を詠みあげる。
「始まりの鐘は荘厳 響くは誰の叫びか はじまりを忘れるがため警鐘を 小さく大切な嘆き」
ゴトッ
物が落ちるような音は床から。遠く、そして響くような音。
そして、人一人が通れる大きさの穴が開き、電燈がつく。長い階段が姿を現した。
「地下……?」
「“抜け道”ですよ」
本当に大切な場所へと続く道。これはたった四つしかない、本物の隠された道。
定められた者以外が踏み込むことを拒絶し、定められた者に試練を与え、しかし定められた者にしか開けない場所。神聖なる、ジェミニの奥底。――深奥。
……まあ、ここが最上階なわけだから降りた先が地下かどうかわからないけれど。
「さあ、行きましょう。あなたがジェミニを続けるのに、必要な手順です」
そして、ナヴィアの嘆き――最初の悲劇は火蓋を切った。
ここまで読んでくれた人へ、ありがとうございます!
本編、何の盛り上がりも加速もなく、平坦に進んできました、いやこのまま進みますが、ここらでかる~く説明。
本編は主人公一人称視点によりリアルとゲームの二つの世界を行きかってます。
見せ場は各章、二回ずつ。四章×(現実+仮想)ですね。
そんな感じで、一章ゲームの見せ場です、区切りです。
ありがとうございました。