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Distorted  作者: ロースト
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一章-19

「あれ、示崎じゃん。何してんだよ」

「……誰だっけ」

 話しかけられた。それは街中であり、僕でも迷わずに来られるような架火の部屋から五分もしない、大きなデパート。一通りの買い物を済ませた後の一休憩。おやつと称して架火に餌付けをしている気分になっていた頃だ。

(……嫌だな。本当に知り合いだったら、相当嫌だ)

 僕は変な顔をしていた自覚があった。しかし、そんな僕の気分の急下降にも関わらず、架火はアイスを舐めていた。顔中についた白い糖分をハンカチで拭ってやる。

「妹と買い物か?男はいつもつき合わされて困るよな」

 やけに親しげだった。というか、寿々原だ、クラスメイトの。

「いもうとじゃないよ。こいびとだよっ」

「は?ロリコン?」

 ぴょんぴょんと跳ねて小さい背を大きく見せながら主張する架火。それを珍しい、と思いつつなんとも言えない顔をして僕は固まった。話しかけてきた寿々原は反射的にか、若干変な反応をしてこちらに聞き返したけれど。

 架火は見た目が中学生にしか見えない。その姿が可憐なる美しい少女であっても、それは変わらない事実だった。補足する。同い年である。

 それにしても、こうして普通に話していてさえも僕は嘘をつく。『同い年』という言葉は正確なものではない。一つ、僕より年下ではある。しかしそれがイコールで彼より年下であるわけではない。何せ僕はダブりで、同学年よりも一つ二つ上なのだ。また、『同学年』という言葉にも当てはまらない。架火は学生でないから、学年というくくりに縛り付けられることはない。あ、明日からは学生か。

 彼女は何処までも自由で、縛り付けるものがなければ飛んで言ってしまうほどに軽い。空っぽ。僕が空っぽにした。僕が縛り付けた。二重の罪。それは、嘘をつく僕の起こした一つの悲劇の末端。瑣末なことなのだが。


「まじ?じゃあ本当に恋人なのか?」

 能天気にも取れるような声に意識を引っ張られる。ああ、そういえば昨日も現実から乖離した思考を引き戻されたんだっけ、と思い当たる。学習しない。僕は成長しない。

「それも違うけど。ま、いいや。僕らデートだし行くから」

 適当にはぐらかして、アイスを食べ終わった架火の手を取る。ゆっくり立ち上がらせて、その手を繋いだ。しっかり、温度が伝わるように。そしてゆっくりと寿々原に背を向け、歩き出した。僕らはこうやって歩いている。いつまでも、少し前から。




「こないだのたのみごと。なんだったのー?」

 大した会話もなく歩く僕らの話題。突然振って湧いたかのようなタイミングに感じられたが、そんなことはない。単に僕の思考が追いつかないだけで、彼女の中では繋がっている出来事。けれど、だからどうしたというわけでもなく、僕ははぐらかす。

「別に、たいしたことじゃないさ」

「前にもいったけど、データのかんぜんしょーきょはムリだよ」

 少し、真剣身を帯びた声音。それに眉を寄せる。その雰囲気は好まない。そして、その言葉の内容も、気に食わないもの。いや、そんな表現では僕に対し誤解が生まれるだろうか。意外なもの。予想のしていなかった答え。当てが外れた気分。苦々しく思う気持ち。それらが妥当な感情。――それほどに重要な事柄である。僕は、完全になくしたいのだ。

「そこを何とかしてくれ。プログラム作ったんだろ?確かネット回線が今でも繋がっていれば検知して破壊するとかなんとか……」

「昔はつないでたけど今はそうじゃないって人、いるもん」

 舌打ちしたい心地だが、それをこの場ですることは出来ない。架火の気分を害すだろう。架火が悪いわけでもないのに、このままならぬ世界こそが憎々しい。僕は波紋を揺らすように不幸を呼び起こす。その結果によることなのだ、できれば償いたい。罪が軽くなるわけではない、事実が変わるわけはない。それでも、僕は自らの行動を後悔した。その影響で起きた事件――その証拠を少しでも消したい。人の記憶は消すことも出来ないから、せめて、データだけでも。しかし、それが否定される。

「……仕方ないか、それは」

 納得するように言葉に出した。けれどこんな時ばかり感情は制御下に置かれない。彼の苦しみの根源を消してしまいたい。彼のせいではないのに、彼はその責任を強制的に取らされた。僕は、そのことを後になって知った。だが、止めることができなかったなら意味はない。どんな慰めにもならない。

(柏……)

 その姿を見る度に罪悪感が押し寄せる。そして同時にその姿を再び見れたことに嬉々とする自分がいる。厄介な感情だった。捨てたはずの“私”が、僕に訴えかける。

「晩ー。こいびとじゃないなら、かぞくじゃないなら、なんだとおもう?」

「……なんだろう。大切な人、かな」

 口にした言葉は馴染むものなのに、なぜだか意味を間違っているかのような錯覚に陥る。

「どうしたんだ?今日はやけに聞いてくるな」

「べっつにぃー」

 全然、別にじゃない態度だった。だが、そっぽを向くその頭を撫でれば、それだけで気分が落ち着いたように擦り寄ってきた。手を繋いで、ポテポテと歩く。今日も、こいつの周りだけは平和だった。

「――ジェミニの被害者ってどのくらいだか、知ってる?」


「んー?なんかいったぁ?」

「いや、別に。機嫌直してほしいな、ってだけ」

 言えば、架火は僕と繋いだ左手を揺らした。僕は右手を繋げ、笑う。汚い左手を隠して、彼女の左手をぎゅっと囲った。穢れなくて済むように、彼女の穢れを奪い取るかのように、僕らは手を繋ぎ、掌の熱を伝え合った。

 彼女は何も知らない。無垢で、無邪気で、だから――罪深い。

 僕は数える。被害者の数を、己の罪の数を。


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