一章 余韻は遠く、晩に消えて行った
一章 余韻は遠く、晩に消えて行った
「さっさと席に着けガキども!」
「うわっ横暴!」
担任の怒号にガタゴトと机や椅子の音がする。合図だ。ぬるま湯のような心地よい空間と弁えなければいけない空間との区切り。
「今日は、なんと転入生がいる」
「早くみてぇー!」
「じゃあ、早速入ってもらうぞ。興奮しすぎるなよ?」
扉をそっと押し開け、溝は埋まる。隔絶された空間はつながり、道は一本へと集約される。そこに一人の者がいた。そして、もう一人は、道の先に向き合っていた。
「示崎 晩です」
「よろしく」
「――ああ」
それが、別の世界に生きる僕ら二人の出会いだった。
平穏を望むうちは平穏に馴染めない。そんな当たり前のことを僕はけれど、切望する。悩んだわけではない。日常が平穏でないことが嫌いなわけではない。ただ、日常はあまりにも突飛すぎる。現実はあまりにも戯曲的すぎる。現実は上手くいかない、誰もが思うこと。それが普通の事で、今に満足するような者は決してそれだけではいられない。日常は望めば望むほど遠ざかるもの。現在を幸せと思う、それは異常に身を接しているという証明だ。現状を望むことこそが、最も難しいことだと知っているが故に、平凡を大切に思う。
――それで言えば、僕は異常者なのだろう。誰に言われるでもなく、思い知る。
示崎 晩として知名学校に転入した僕は僕ではなかった。真実ではなかった。けれど普通だった。異常と自覚し、同時に己を普通と自覚し、自身を“晩”と定義した。それだけで良かったのだ。平凡に生きられれば、日常の中に埋没できれば。
しかし、過去なんて知らないと割り切れる者はいったいどれほどいるだろうか。人生は影の形をまとって何処までも着いて来る。普通を目指す、なんて普通になれればそう思いもしなかっただろうに。思ってできるものではない。
まるで昔と変わらない街。逃げてばかりで何一つ成長してないじゃない。罪を突きつけられたような気分を感じるのは当然だった。
だから当たり前のように予想もしていなかった。いや、逆に予想していたというべきか。
僕の日常は運命を前に消え去るだろう。壊されて、壊されて、壊して、回帰などできないほど圧倒的に壊しつくされて。罪から逃げられない、そう気づいたから戻ってきた。だから、せめて平凡を望む。――それは始まりの予感。
それでも僕らは出会い、歯車は回り始めた。僕が、回し始めた。