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Distorted  作者: ロースト
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一章-18

 そこは箱庭。作られた楽園。偽りの聖地。

「で、どういうことなんだ?いきなり出掛ける、なんて」

 架火のアパートという城で僕は問いかける。架火は答える。作り物めいた、美しい笑顔で。けれどそれは無邪気な子供よりも無邪気な、何の感情も持たない透明な表情だった。

「あしたのためなんだよぅ。おにぃからきいてない?」

「静さん?何も、聞いてない、けど――あ」

 気づいてカバンを探る。携帯が海のような闇の中で遭難中らしい。なかなか見つからない。しかし一つの小さな感触だけを頼りにそれを呼び寄せるように掴んだ。ボタンを押しても点灯することなく冷たく沈黙を返す。それは二つ目の携帯。白と黒。白は何処までも穢れなき純粋の少女との接点。黒いそれは彼女の知ることなき世界の闇へと通じている。その、黒い携帯。静と、十二たちパラドックスなど外部との連絡機器。

「充電器貸して。電池切れてた」

「やっぱぁし?うふふふ、だめだなぁ、晩は」

 通りで連絡がないはずだ。受け取れない。拒絶は偶然のことだが、それは不本意だ。僕は拒絶するということがあまり好きではない。それは理解できない、ということだから。人間、誰しも分からないこと理解できないことには恐怖を抱く。

「静さんだからお前のことだろ?どうせ」

「そうだよぉ」

 やけに嬉しそうに答える架火。満面の笑みを向けて続けた。

「がっこう、いくことになったからね!」


 沈黙した。


「……僕のところか?」

 漸く搾り出した僕の声は架火の明るく楽しそうな声とは正反対。暗く鈍い。

「そう!だからねー、そろえるの!」

 ううむ。この壊れた少女が本当に集団生活を送れるのだろうか。

 日常に異常が混じることを人は嫌う。そしてその中に当てはめるとするならば架火は異常。平凡で居られない特異性。異質なる無邪気。歪んだ純粋。純白無垢な偽りの塊。そして欠陥品。その存在は完成形にして在り方は真反対――堕落者、失敗物、ガラクタ製品。人として生きることが出来ない、壊れた遺物。かつての聖女。薬物少女だからね。

 それでも君がそうやって笑うなら、何でもしよう。それが僕の生きる意味になるから。




「定期健診にも行っておこう。……というか静さんへの顔見せなんだけど」

 架火は仕事中毒者だ。己の身体を文字通り隅々まで知っている架火はだからこそ、定期健診など不要だといわんばかりに約束をすっぽかす。最後に行ったのはいつだろうかと考えると僕の頭まで痛くなってくる。病院までの道を付き添うのにも苦労する。途中で横道に逸れるというか、そのままドタキャンしようとするとんでもない思考回路の為だ。自分の体調についてのことなのに、何故それほど無関心でいられるのか。だが、問わずとも知れたこと、彼女は本能でそれを望んでいるのだ。

「いーじゃん。晩とらぶらぶしたいんだぜ!でーとしようっ!」

 ころころと変わる表情に断ることは出来ない。いつも僕はその笑顔に救われている。そして同時にその笑顔に地獄へと突き落とされる感覚を覚える。壊れた笑みは、僕のせい。

 僕は彼女に逆らえない。どんな嘘でも突き通す自信はあるけれど、彼女を拒絶することが僕には一番難しいことなのだ。

「はいはい、後でな。静さんに内緒にしておけて、覚えていたら、どこへでも付き合ってやるよ」

「じゃあれっつあにきぃー!」

「……院内では静かにしろよ」

 過去、何度も怒られた経験があるぞ、と意識の端に思い出す。


(あれは――柏?)

 晩は止まる。前にいるのは同じ組の糸闇。花瓶を洗って花を戻す。そして病室に入る。献身的な姿は普段と違う、悲しみと緊張感に溢れている。

(そうか、また(・・)失ったのか。大切な人を、大事な誰かを――)


 壊れた体の少年は心の壊れた少女と出会った。そうして世界は生まれ、僕は半身を得た。少年が生きたいと願ったのは間違ってない。少女が彼の願いを叶えようとしたのも間違ってない。――なら、僕が手段を間違ったのだろうか。

 世界は広がり自立し、彼らの楽園は壊れた。少年はどこへ行ったのだろう。少女は壊れて楽園を追った。僕は……逃げて放棄して、一歩も踏み出せず留まっている。

 もう一人の少年は囚われ、捉われ、捕われ、もがいている。今も――


「晩?どうかしたー?なにかあったー?」


「いや……美人な看護士さんがいてね。スカートが翻るのに男が倒錯的になるのも無理はないよね」

 二年前から現在までを僕は知らない。関与していない。だから、僕は何も口出しも出来ない。そして、それほど知りたいとは思えない。自分のいない間の彼を、知りたいとは、思わない。――その隣にはあの病室の人がいたのだろうか。それとも別の誰かが。


「うわきはだめだじぇぃー。よそみはイ・ヤ」

 うりうりうり、と引っぱる腕に頭を押し付けるのはとんでもなく愛らしい。

 小動物並みの行動であってそれは女性らしさを強調してくるこの年代にはないようなアピール方だが、僕はそれにメロメロだ。

(……そう、浮気は駄目なのだ)

 柏が想うのはただ一人。僕も、僕の一番も、ただ一人と決まっている。

「かわいいかわいい幼馴染よりも大事じゃないからいいでしょ」


「おっけぃおっけぃ。それならなっとくー。さぁいざ行かん!我が兄のもとへっ」

「お姫さまはもう少しおしとやかにね……」

 勢いが良すぎて踏み出した足がつるてん、となるようなことがなければいい、と思いながら腕を引かれる力に従う。そして僕はかつての仲間に、何も気づくことのない大切な友人へと背を向けた。

(僕が示崎 晩である限り、その一番は悠木 架火でなければならない)


「それとねー。晩、よばれてるーよ?」

 誰に、どんな用で、などとは聞かない。

 架火を通して呼ぶなんて該当者一人だ。そして用件も推測できる。

「突然だな……。執務室?私室?」

「へやー。でもきちゃダメーって言われた。だから、きょうはでーとなのだぁ!」

 明日は僕と静だけで用事、しかも架火が一緒では行けない、ということか。パラドックスに寄るのが遅くなるけれど、まあいいか。彼の機嫌を損ねたくない。


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