一章-16
否定する。僕は何も知らない。嘯く言葉でも嘘でもなく、偽りなく何も知らない。例えば二年前から続く組織の革新は僕の存在がもたらしたことである。しかし、それがどのように影響してどのように現在へと至っているのかは知らない。現在の組織がどういうものか、というならば既に真理の追究という目的を外れ、僕のために協力してくれている個人が多数居ることは知っているが、何を抱えた目的なのかは知らない。
「僕は何も知りません。何も知りませんが、あなたたちがパラドックス――逆理の王のために働いているとは知っている」
パラドックスを僕が知っているのは本当に簡単なこと。パラドックスは単にNNMの末端にして実働部隊だということ。それだけの話だ。だから、NNMが何をしようとしているか僕は知っているけれど、パラドックスが何を理念としてどう行動しているかは知らない。ちなみに逆理と名付けたのは僕であり、知らないはずはない。
「……どこで知った?」
訝しさを隠そうともしない詰問にさて、どう答えようか。言葉は真実の一欠けら。欠片の量によって現実は決定付けられ、その評価によって真実とされる。真実とはいわゆる思い込みで、一方的な見方で、どうしようもないほどに偏っているものだ。だから一枚、事実のみを手札から晒してみる。
「友人がね、いるんです。所属している友人が」
「説明するだけ無駄のようだな」
僕は笑みを浮べているだろうか。意識的に、頬の筋肉を動かす。
省かれてしまった説明の意図するところは何だろうか。正確に事態を、現状を、僕の“役割”を知っているわけではないが上の、言葉。――“理解する者”として選定されてしまった僕には説明など不要。頭でなく、その存在根本から、僕は世界を“理解”している。そのためにも、情報は必要であり、統括すべき対象であって、言葉はいらなかった。脳で、身体で、感覚で真理を辿る。
「――解決策はあるんですか」
最初の被害者、MISSING。すべての始まりは彼からなのに、相違点がありすぎて、異質で異端なる創始者。特別なのは当たり前、そうでなければならなかった。手段を選ぶ暇まではなかった。少年は世界と繋がっている必要があったから。望みを託して少年は死んで、結果生きることになった。
「解決策、などというものはそもそもがない。解決という言葉は先が見え、目的が達成されることが分かっていて、叶うという展望があって初めて使われるべき言葉だ。曖昧な現状で、一〇〇%の核心もないままに使っていい言葉じゃない。その齟齬は誤解を招き、ミスを生む」
この人は悩むだろう、と僕は憶測した。近い未来、僕を引き入れてしまったことを。トラブルメーカーは周囲にまき散らす。悪意も偶然も運命も、選ばないまま選択されて。
物語は急速に動くだろう。そのための歯車をパラドックスは手に入れてしまった。それはいいことか、わるいことか。二択で迫れる真実なんてきっと、ろくなもんじゃない。
「示崎晩です、ここに加入することになりました」
帰り道、夜色の交じった藍色を見上げ、呟いた。
「偽物も本物も、ただの認識でしかないのになんで拘るんだろう」
答えは問いかけるまでもなく知っている。一つしかなくて、まったく同じなんてないからだ。
だが、そのことに意味はあるのか。比べる必要がないのに比べる理由は、僕にも分からない。本物となろうと努力する者が居て、でもそれに対して君は君という本物だよ、と声をかけたとして、それは果たして正解なのか。
自分というものに自信を持たないのならそれでもいいのかもしれない。だが、それは違うものになろうとしているならば慰めどころではない。圧倒的に絶望を与える言葉だ。
――示崎杏。
“彼女”はそれだ。絶望的に思うだろう。彼女のなろうとしているものは既に失われた歯車。失くしてしまった者。取り戻そうと、自身を重ねる彼女にそんなことを問えば二度と立ち上がれなくなるに違いない。
「僕は僕であり続けるために、今を生きているからなぁ。理由が失われてしまう」
笑った。皮肉に、自嘲に、後悔に、惜別に、喜びに、感情の入り混じったまま僕は笑顔という表情を作った。