一章-15
厄介ごとは嫌いだ。普段協調性など欠片もない彼らがなぜか僕に対しては興味があるらしく、彼らの起こすトラブルに巻き込まれる僕の大学生活。それは嫌な符号だが、僕の留学していた二年の間、一度もサークルに顔を出していないただ一人を抜かして、全員と知り合いになってしまう僕も僕なのだけれど、それはこの体質に文句を言いたい。だいた、あんな変人たちの集まる場でリーダーという存在が居ない以上、僕が被害を受けるに決まっているのだ。
NNM――それは分野を問わず天才が集められた場。宗教といっても過言ではない崇拝の先。世界の真理を追究すると謳った集団。混沌とした思想の環。表書きは大学のサークルだが活動は万屋。解決屋。請負屋。何でもやった。その名の通りなんでも、犯罪でも頼まれれば犯す。彼らに気に入られれば不可能のすべてが可能となり、達成される。目的も行動も、統一性がない。各個人によって統一しない意思のまま活動する名だけのサークル。
だが、それは少し前までの話だ。昨今革新したばかりであるが現在活動はとある目的のため邁進中。そのことに僕も少しばかり関与していた。問題が片付き終える前に戻ってきたんだけど。
「残念だけど、トラブルメーカーよ。意識的にじゃない方が性質悪いわ」
本人を目の前にして言う方が性質悪いだろう。僕の体質の影響は身に沁みている。もっとも、幸福体質の人物など特定の人と共にいる時だけは多少の改善がみられる。架火しかり、静しかり。
(いや、これは家系からくる体質なのか?)
だが彼らのような特殊な人にそれを言われるとは思いもしない。能力者とでも位置づけようか。彼らの生い立ちを察する事は出来る。人は自分の常識を超えたものに対し辛辣だ。深刻な差別意識もある。理解できないものに容赦はない。僕と同様かそれ以上の特異体質、いや超能力。身体能力は常人を遥かに凌ぎ、アリエナイ現象を作り出す力。
何も無い空間から物を取り出す(ブレイド)わ、自分の言葉を絶対的なルールにして(絶対遵守)その場の重力も慣性も歪めて従え支配してしまうわ、遠くの景色を眼を瞑ったままでも把握(千里眼)してしまうわ……彼らはそういう“アリエナイ”を可能とする。いっそ新人類だ、と開き直ればよかったのに彼らは自らを異常と位置する。一様に暗い瞳は、過去の凄惨さを窺わせる。パラドックスとは能力者たちを雇い集めて化物と戦わせているのだ。
「渡米以前の記録は平凡で概要ばかりしかないのに対し渡米中・帰国後ともに異常だ。不一致が過ぎる。――お前はいったい、何者だ?」
詳細不明、か。僕の経歴には偽証が混じっている。調べられて困る経歴はない。一般に公開できる面の経歴は日本の、どこかの県の、どこかの市の、どこかの土地で生まれてどこかの学校に通い、留学生としてアメリカの大学に通う――そんな平凡な経歴。なお調べてわかるのは小説のように悲惨で出来すぎた悲劇の人生。僕の“不運体質”を知っていたなら不自然には思わないはずの、人生。どちらにしろ疑って掛からなければ不自然ではない、ダミーの過去である。
経歴の削除は静に頼んだものだ。架火には頼れない事情があった。だが、世界を浦で操る天上人の一人に頼んだのだ、完璧な隠蔽である。だからパラドックスは何も掴んではいない。それは確信で事実だ。だが、それでも疑問を挟む余地があるというのならば、それは勘なのだろう。もしくは静以上の天才存在のなせる業。
「……さぁ。それは自分では定義しがたいものですよ」
本当の人生など、汚らしい、どぶ川のようなもの。僕自身の記憶さえも捨てた。もう、説明も出来ないぐらいに、感情も持たない。それこそ概要ばかり、箇条書きの人生。何者、と言われて答える言葉はない。そして、いつまでも答えられないまま。僕は、僕だ。
己の名前さえ述べられず、生きる目的さえ述べられず、その思考さえ述べられず、紡ぐ言葉はない。疑問に回答を用意できない。嘘でさえ、つけなくさせる問いだ。嘘を厭わず、嘘を吐き続ける僕が、生きるように嘘をつく僕が、何の回答も用意できない。二年前から停止制止氷結中。生きる意味も目的も願いさえもあるのに僕は僕を定義することもできず、僕を証明しないまま虚ろに明確に、空虚に不明瞭に、生きるというルーチンをこなす。
「聞かれれば答えますし、必要な事も教えます。けれど、あなたたちが雇うのは僕だ。僕の持つ情報じゃない。違いますか?」
「違うな。お前の持つ情報も含めて、だ」
「それこそ違います。僕は十二さんと会い、その時に誘われた。僕の情報は知る前に」
勧誘。雇用。その間柄に個人情報を晒す必要性はない。惑わされるな、そう思いながら僕は誤魔化す。目的と結果を間違えるなと指摘して話題を摩り替える。他愛もないすり替え行為。焦りは晒さず、硬直もみせない。言葉を操るのならば僕が上手。嘘の集合体に欺瞞は通じない。パラドックスは僕の生き残るだけの運と力と、彼らの言うトラブル吸引体質を見込んだ。
「けれど、――知りませんよ」