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Distorted  作者: ロースト
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一章-12

 敵意のような緊張感が身に突き刺さるが、表に出ることはない。この位は日常であるべきだ。日本の平和はいざという時のためにならない、と常々思う。僕の遭遇率は基準にしてはいけないが。平和を愛し日常を望む僕にとっては相性の悪い体質だ、と改めて思う。この国に帰ってきて、普通の学校に入って、そんなどこにでも溢れている話の一つのはずが、僕の場合は全体的に大きく歪んでしまう。それが始まった時は平和だな、と思うぐらいなのに少し踏み出すだけで非凡に変わる。

 今回はといえば、ジェミニへ接続したことか。比治上と非日常の境にある壁はよほど薄っぺらなのだろう。だからこそ、僕はその裏側へと落ちてしまう。今もしかり。

 言葉一つ、それを過てば僕は彼の男に敵と見なされ、危険人物とされ、攻撃を受けるだろう。彼は人に対し攻撃するということに躊躇はないだろう。玄人だからだ。考えていてアホらしくなる位に現代では非現実的事象が存在する。

 攻撃だ、玄人だ、敵だ、と物騒すぎて嫌になるが現状が“そう”なので“そう”としかいえない。相手はピリピリとした緊張を伝えて闘志を漲らせているが、僕は相変わらず緊張感に縁がない。精々、これから先を恐怖するぐらいの、平常心。僕に未来はあるのか、生きる術はあるのか――なんてね。


「おまえ、名は?」

「あなたの名は?」


 繰り返す言葉に気分を害したのか、男は顔をしかめた。自分の質問を返されて機嫌を悪くするなんて、“他人の嫌がる事はしない”という教訓を知らないみたいだ。もっとも、二十代後半に差し掛かろう男に成人もしていない僕が言える立場ではないのだが。

 無用心に我が身の情報を開示するほど僕も陽気ではない。名前一つ、けれど名前は僕にとって大きな意味を持つ。調べられて、曝された真実がいつも真実だとは限らない。符合は違和感に変わる時がある。そして、僕の場合には名前という要素は強く、重く、大きい。


「……十二じゅうじだ」

「面白い名前ですね」


(……なんだろう、その「お前は名乗らないのか」みたいな視線は)

 そちらが名乗ればこちらも名乗るとも「聞く前に名乗るのが常識でしょう」とも言っていない。嘘もついていないのにそんな目を向けられるとは心外だ。きちんと相槌を打ったじゃないか、と自己完結。ただし相手には無言、敵意は増した。しかし、受け流す。

 敵意も殺気も先ほどの化物と比べれば理性的な部分がある分、対処は容易。じっとりと背中に掻いた汗が冷えて身体が震えたけれど、生理的なもの以外の何物でもない。人から疎んじられるの視線には、不本意ながら――慣れている。



「お前は何者だ?」


「その疑問に意味はありますか?」

 疑問に疑問で返す。何者、と問われて正確に答えることが出来る者は少ないだろう。それは真意が暈かされた質問だ。例えば僕は人間と答える。日本人と答える。百六十センチ少しの身長の学生であると答える。――それは区分であって特長だ。そんな情報は見た目で分かる。意はそこにない。

「僕が何者であってもあなたには関係がない。あなたが聞きたいのは僕の異常な冷静さ、違いますか?しかし外れだよ。僕はただのしがない学生、一般人です。本当は怖かったです、助けてありがとうございます」

 眉をしかめる十二に答えを返す。普通の答え、何の特別性も持たない明確的確な言葉。

「アレに襲われて無傷の人間を一般人だとは言えない」

「では一般人の定義はなんでしょうか?」


 僕は今でも昔でも一般人のつもりなのだが、彼の定義においては彼も僕も一般人ではないらしい。彼が何らかの組織に属する者であるのは明瞭。この場所、こんな時間に一人のみで化物を相手にする、それはよほどの熟練が必要であるからだ。偶然居合わせたわけではないだろう。日本では銃刀法違反に引っかかるような武器を持ち運びしていることから完全にそれは組織だった行動。対して僕は変な体質があるだけの高校生。物事の当事者であることだけ。僕を異質だと思うのは情報が少ないからだ。そして情報こそ真理。

「単に、僕は動体視力が良かった。気配を察知するのが得意だった。神経が過敏である時にあれが現れた。僕は不運体質でもある。それだけの話ですよ?」

 ちなみに僕の運動神経は人並みだ。いや、平均的高校生男子のそれよりも少し低いぐらいか。身長は二年前から測っていない。

「――採用するに値する資格を持っている、か。先ほどの躱し方、見事だった」

 男は自己完結をすると僕に背を向けた。って――え?

「あの、かわしたんじゃなくて、偶然こけただけですけど」

「……まぁ、いい」

 男は滲み出てきた時と同様、闇に同化した。問い直すこともできず見送った僕は月を眺めた。電燈はあるものの、道は暗い。それでも無暗に進むのか。



 いつでも笑っていた少年は、本当は独り淋しかったのかもしれない。

 己の不幸に抗おうと懸命になっても、隣に誰がいたとしても恐怖する心は不安だらけだったのかもしれない。だからいなくなった。忘れられる前に、印象付けることを良しとした。――そして戻ってきた。再び、僕らの前に。

「本当にこれでいいのか、今でも迷うよ」

 今はまだ、話すことの出来ない秘密がある。かつての友に問いかけたい。彼なら正しい答えを選べるだろう。けれど、僕は――

「帰るべき、だよな」

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