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Distorted  作者: ロースト
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一章-11

 月もないような暗い晩。駅周辺の賑わいと閑静な住宅街とを繋ぐ唯一の道にも暗く影が落ちていた。いつ取り替えたのか、古い電燈が灯りを点滅させる街灯はふいに完全な闇へとその道を途切れさせた。淀みなく動かしていた足を止める。


「ッ」

 飛び退く。すると一瞬前までいた場所に鋭い何かが放たれた。月の輝きでソレが何かを確認した。避けた攻撃の末路を見る。シンとした夜闇に動く音は二つ。

「へぇー。いるんだ、ここにも」

 平然としている状況ではなかった。でも、僕は焦らない。


(――だって無意味だろ?人外相手に必死になるの)


 照らし出されたソレは獣。全長三メートルぐらいか。体毛が全身を覆う二足歩行――仮想現実体感ゲーム・ジェミニに登場するモンスターの一種。

 なぜ現実世界にいるか、考える暇はない。その豪腕は抉るような爪痕を地面に残した。人を襲う化物がそこに存在している、それが証明されたのだ。金の瞳が爛々と輝き、こちらを見つめていた。

 ジェミニからの帰り道、月夜の歩道に怪物が現れた。

 それは字面だけなら刺激的、けれど現実には死への坂道。ゲームの中なら雑魚でも現実では一撃瀕死。掠れば入院、運が悪くなくとも棺桶行き。

 僕の前には死亡フラグが山積している。僕の遭遇率も馬鹿に出来ないものだ。現実でもこんな役回りなんて、不意打ちで死んでしまう。ついでに囲まれて?――先ほどジェミニで起きた事が蘇り、今回は助人なんて都合よく現れることはないと否定する。ゲームの中ならいざ知らず、現実に化物・怪物と呼ばれる類を相手取ることが出来る人間なんて世界に幾程いるだろう。特に、日本という平和ボケした国の、田舎街で夜道に都合よく現れたらそれこそ怖いぐらいの遭遇率。

(……向こうにいた時にも体験したものではあるけどね)

 日本という平和な国の治安のある街、その閑静な住宅地で非現実が起こっている。


 死を近くに感じることは今までにもあった。そしてその度に僕は衝動を抑える。恐怖だ。それに負ける事は動けなくなる事。動けないとは即ち死。だから目標どころか必ず、達成しなければならない事として己に打ち勝つ事が課せられる。気力を振り絞るには後先を考えなさ過ぎる状況だが、考えている暇こそないのだから思考に意味はない。行動あるのみだ。己の内だけで感情を処理する。全身に力を漲らせ、停滞から緊張へ。それは慣れた作業であって、日常の範囲内。闇に声を張り上げても何処に届くことも無く吸収されるのがオチ。ただ焦らず、僕は僕のできる範囲にいればいい。そうすることで冷静さを取り戻し、思考を平素になぞらせ、的確な状態へと引っぱり上げる。恐怖が締め付ける身体は忘れた。これは危機ではないと自分自身を騙す。

(――僕は嘘つきだから)

 それは処世術でもある。僕にとってはかけがえのない行為。いつでも平然と自然といつもと変わらない。この世界は現実にありながら偽りにあふれている。ゲームと変わらない、虚構だらけの世界。いや、ジェミニにおいては逆だ。虚構で作られた世界でありながら真実を追究する、偽りでなきものを探求する為の道具。それがジェミニ。



 影が揺らめいた時、僕は後退り、躱していた。一瞬前までいた場所が派手に抉れる。先ほどと同じ動作。しかし今度は服に掠る。脚部の衣服が剥ぎ取られた。衝撃が風となって大気を揺らす。化物は抉った地面の欠片を武器に、振りかぶる。それは動体視力で反応しても人間の動きでは躱せない。だから僕は、――こけました。

(……った)

 意識的に、身体から力を抜いて、軌道から外れる――はずだったが、それよりも前に足をくじいて体勢が崩れる。同時に頭も地面に打った。直後、コンクリート塊は投げつけられ背後の電柱にぶつかった。ひしゃげて煙さえ立ち上がる。偶然に助けられた形だ。

 その巨体は陰影により巨大に見えて恐怖心が一層煽られる。陰が大きく動くのを見て、再び位置を変えた。飛び掛る前ふり動作に動いたつもりが、凶器である爪が掠る。シャツが裂けて血が滲むが、肉を削げ落とすまではいかない。軽症だ。

 痛みが僕を冷静にさせる。恐怖は身体を拘束するけれど、思考は鮮明になる。荒い息遣いがすぐ傍で聞こえるように耳を擽って、死の恐怖に身体は竦んだ。

(――怖いものは怖い)

 正直、逃げ出したい。中国の兵法には三十六計、逃げるが勝ちとあるが、それは状況が許してくれなければ無理というもの。敵に背を向ける行為がどれほど無防備か。獣は獲物を逃さない。僕はまず、注意を己から引き剥がす必要がある。暴れる心臓の音が鋭敏な獣の耳に聞えてやいないかと心配だったが、外見上はいたって平静に、表情を引きつれさせることもなく相対する。

 距離を取り、睨み合いをし、回避動作をする。万事休す、と繰り返す。しかしその一方で、全感覚を総動員して起死回生の一手を思考する。じりじりと寄せられる距離に汗が滲み、背を伝う。圧迫感が後退の足を鈍らせる。けれど、果てしないそれに覚える感情はない。磨耗するほどの精神を持たず、ただ作業的に息をして動作する。一瞬でも意識を反らしてはいけない。一センチでも周囲の位置を測り損ねれば蹴躓き、その間に身は粉砕される。劣勢というにもおこがましいほど、土俵が違っている。馬鹿らしいほどに圧倒的状況に――けれど、異常な事態に慣れ切った僕は精神において化物より優位に立っていた。


 延々と繰り返す内に、化物は事切れた。僕ではない。背後からの攻撃に一瞬で絶命した。――遭遇率の奇跡、いや類は友を呼ぶというのか。あの化物との遭遇に対し、化物を始末する化物が付属しただけのこと。それだけを見れば高確率な、不自然性。

 月明かりの下、照らされ出た男はしかし、闇の住人のように黒く、帝王のように威圧を放つ。とても「助けてくれてありがとう」と伝えられる雰囲気でない。あのタイミング、狙われたものだった。慣れる前の、繰り返しでしかないのだと気づかれる一瞬。化物がルーチン化した警戒から新たな動きを見せようとしたその時を狙った完全なる不意打ち。監視探索対象外(アウト・オブ・サーチャー)。――僕は未だ危機が去っていないことを知る。


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